情熱のカルテ~俵史子先生

不妊治療に携わることになった理由や それにかける想いなどをお聞きし、 ドクターの歴史と情熱を紐解きます。

俵IVFクリニック 俵史子先生

静岡の不妊治療を 充実させること それが生涯の目標です

俵 史子 先生 浜松医科大学医学部卒業。2004年 愛知県の竹内病院トヨタ不妊センター 所長に就任。2007年、俵史子IVFク リニックを開業(のちに俵IVFクリニック に名称変更)。浜松医科大学臨床講 師、生殖医療専門医。

女性との対話が好き。 それを生かせる職業に

――俵先生は、子どもの頃から医師になることを志していたのですか?

俵先生「物心がついた時には、医者になりたいと何となく思っていました。

その頃住んでいたのは今のような都会ではなく小さな町でしたが、そんな田舎では、何でも診ることができて治せる町のお医者さんは憧れの存在。

子ども心に尊敬の目で見ていました。

家族もそれに気付いていたのでしょうか。

先日、祖母が米寿を迎えて親族でお祝いをしたのですが、その時に祖母から『ふみちゃんが小さい頃、ふみちゃんにはお医者さんになってほしいと話していたよね』と言われて……。

今考えると、それも医師を目指すきっかけの1つになったかもしれませんね」

――浜松医科大学に入学して医学を学び、最終的に不妊治療を目指すようになった理由は?

俵先生「最初は、生命の誕生という人間の大きなテーマに惹かれて産婦人科を選んだのですが、周産期や腫瘍、不妊など、いろいろな分野を勉強していくうちに、生殖医療に興味を持つようになったんです。

不妊治療は、もちろん治療そのものも大切ですが、患者さんとじっくり話をしたり、悩みを聞くことも重要な仕事。

私は女性同士で対話をするということが好きで、昔からそれを仕事に生かしたいと思っていたんですね。

3人姉妹の長女だから、生来の気質なのでしょうか(笑)。

友人の相談にもよく乗っていました。

不妊治療はそんな自分の適職であり、治療を介して女性を幸せな人生に導いていくのが使命なのかな、と思うようになったんです」

――実際に不妊治療に携わるようになって、ご苦労はありましたか。

俵先生「ちょうど産婦人科の専門医の資格を取る頃、その時は総合病院で働いていたのですが、当時、静岡市では、専門で体外受精を受けられる施設はなかったんですね。

一般不妊治療で対応していましたが、それでは妊娠することができず、高度生殖医療に進まなくてはいけない患者さんもいらっしゃいます。

体外受精をやりたくてもここではできない。

遠方の施設をご紹介して診てもらっていました。

患者さんがそんな大変な思いをして治療を受ける姿を見るたびに、もどかしく感じて……。

『静岡にも高度な不妊治療ができる施設を作らなくてはいけない』と思い、より使命感が高まりました。

それは私だけではなく、県内で不妊治療に携わる多くの医療従事者が感じていたことだと思います。

静岡で最後に勤務していた総合病院は私を含め、女性医師3人で産婦人科を担当していたのですが、当時は患者さんが増えていた大変な時期でした。

1人でも医師が欠けたら大きな負担になるのに、『よその施設で高度生殖医療をもっと深く学びたい』という私を、医師も職員も快く送り出してくれたんです。

みんな、静岡のため、患者さんのためという気持ちが強かったんでしょうね。

その時の感謝は今でも忘れることはできません。

『最後までやり遂げて、静岡の不妊医療のために貢献したい』と強く心に決めました」

妊娠前から妊娠後まで 診られる施設が理想

――その後、経験を重ね、不妊治療専門病院の院長として4年ほど勤務した後、 36 歳で自らのクリニックを立ち上げられますが、比較的早い開院だったのでは?

俵先生「地域の不妊治療を充実させたいという気持ちがずっとありました。

それは『自分がやらなくては』と。

学生時代、バレーボール部を立ち上げたのですが、その時から性格的なものは変わっていないかも(笑)。

誰かがやってくれるのを待つのではなく、今、必要なら自分がやる。

準備は入念にしますが、思い立ったら決めるのは速いですね。

静岡に戻って再び総合病院で勤務するとなると、治療上でいろいろと制限を受けることが出てきてしまうと思いました。

自分がしたくても、他のスタッフの都合などもありますよね。

部署ごとに線が引かれているので、看護師や胚培養士など技術職の教育も、細やかにすることが難しい。本当に患者さんのことを考えた不妊治療を実現するために、開院を決意したんです」

――不妊治療をやって良かったという瞬間は?

俵先生「クリニックの周辺は狭い街なので、当院を卒業された患者さんをよくお見かけするんです。

赤ちゃんを連れて、散歩やお買い物をされている。

遠くからご家族の幸せそうな姿を見るのが、喜びを感じる一番の瞬間ですね。

また、残念ながら妊娠を叶えられなかった方もいらっしゃいますが、良い結果にならなくても『このクリニックに通って本当に良かったです』とお手紙をいただくことがあります。

そんな時も、納得して治療を終えられて、新しい人生を歩まれているんだな、と安心や感動を感じることがあります」

――これからの夢や目標はありますか。

俵先生「ここ静岡の地で生殖医療を充実させたい、という気持ちは変わりません。

これからは、不妊治療をもっと大きな視点でとらえて、妊娠前、妊娠後もフォローできる医療を目指していきたいと思っています。

運動療法や食事療法などで不妊にならない体づくりや、妊娠後、いかに安全に出産に持っていけるかなど、トータルに診ていける施設にすることが理想です。

そのために、女性のためのセミナーを開催したり、周産期の先生から情報をいただくなど、少しずつ準備を進めています」

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。