情熱のカルテ小田原靖先生

不妊治療に携わることになった理由や それにかける想いなどをお聞きし、 ドクターの歴史と情熱を紐解きます。

ファティリティクリニック東京 小田原靖先生

医師だけでなく培養士、 コーディネーターなど 「チーム」でサポートすることが よりよい医療につながる

英語研究会のディベートを機に 生殖医療を志すことに

――はじめに、小田原先生が生殖医療を志し
たきっかけは何だったのですか?

小田原先生「実は私は、学生時代から生殖医療に携わろうと思っていたんです。

面白いもので、学生時代に入っていた英語研究会のディベート大会で、たまたま体外受精をテーマにしました。

そこで生殖医療を知って、〝これは素晴らしい分野だ!〟と感じ、この道に進むことにしたのです」

――先生が大学を卒業された1982年は、日本では体外受精が始まったばかりでしたね。

小田原先生「はい。私が卒業した大学はがん治療に強い先生はいらっしゃったのですが、生殖医療の指導者はいなかったので、何から学べばいいかを考えるところから始まりました。

当時の採卵は腹腔鏡手術で行っていたので、 〝まずは採卵方法を学ぼう〟と、腹腔鏡を多く手掛けていた順天堂大学の越谷病院へ週1回通いました。

そして次に注目したのが、いかに卵を育てるかということ。

それを学ぶために選んだのが、オーストラリアでした」

――オーストラリアへ留学された理由は?

小田原先生「当時、オーストラリアは、世界で2例目の体外受精を成功させ、世界にその知識を広めようとしていました。

そこで自ら手紙を書いて直談判したところ『OK!』が出て、メルボルン大学へ留学することに。

私が留学した1987年頃の日本の体外受精のシステムは、関わっているスタッフも少なく、採卵→培養→移植の全工程を医師一人で行うのが普通でした。

そのシステムが当たり前だと思っていたので、オーストラリアに行ったらビックリ!

〝不妊治療=チームでサ ポートするもの〟という考え方がすでに確立されていたのです。

医師のほか、胚培養士、カウンセラー、コーディネーター等。

そのスタッフが一丸となって取り組んでいました。

チームで取り組むことで、ダブルチェックができたり取り違えを防げるなど、きちんとした管理が行えます。

また、全体の工程を医師一人で行うよりも短時間でできるため、クオリティーの低下も防げるほか、さまざまなメリットがあることがわかりました」

――現在、一般的となっている態勢がすでに行われていたのですね。

小田原先生「それに加えて、精神的なケアの面でも勉強になりました。

不妊治療中の患者さんは、結果が得られないことや周囲のプレッシャー、経済的な問題など、さまざまな悩みを持っています。

留学先では、そういった悩みや思いをいち早くキャッチできるよう、患者さんとスタッフがお茶やお菓子を食べながら、ざっくばらんに懇談する〝ペイシェントナイト〟という会を定期的に開いていました。

そこで上がった患者さんの悩みをチームで話し合い、解決策を探して患者さんにフィードバックするのですが、これが実にいい!

スタッフと患者さんの距離が縮まって治療が進めやすくなり、それがいい結果につながっていました。

このオーストラリアでの2年間で、〝チーム でサポートする大切さ〟を身をもって感じることができました。

この経験が、現在のクリニックのシステム作りやJISARTの設立に携わる原動力になっています」

情報を正しく提供し 納得できる安全な治療を

――先生は長く不妊治療に携わっておられますが、昔と今で変わったと感じることは?

小田原先生「私が日本に戻ってきた頃に比べると、現在はクリニック数が格段に増えて、さまざまな治療法や薬もあり、いろいろな意味で選択の幅が広がりました。

それ自体はとてもいいことだと思います。

しかし、医師として一番大切にしなければいけないことは、今も昔も、安全性だと考えています。

生殖医療は、生まれた赤ちゃんの将来に影響することですし、受精卵を損傷させてしまうようなことや事故などが起こっては、治療自体が成り立たなくなってしまいます。

ですから、いかに患者さんに安全な医療を提供し続けるかが、大きな課題です。

一言で「安全」といってもさまざまです。

まずは、JISARTでチェックしているような「施設のシステムとしての安全性」。

次に、治療技術や薬、培養液などの品質の安全性です。

「画期的」といわれる治療法や薬でも安易に取り入れるのではなく、きちんと検証し、確認、注意を払うことが大切です。

さらに、生まれたお子さんの将来を見届けることも私たちの重要な使命だと感じています。

そして今、私も新たに直面しているのが患者さんの高齢化です。

20 ~ 30 年前は、年齢が若い患者さんがほとんど。

そのなかで試行錯誤を重ねてきましたが、最近は 35 歳以上の患者さんが多くを占めるようになりました。

そうなると、それぞれの患者さんの状態に合わせた、きめ細かい治療がよりいっそう求められるようになってきます。

私がこれまで不妊治療に携わってきた経験や知識を活かしつつ、チーム全体で考えて、患者さんをサポートしたいと考えています。

7月には、さらに環境を整えるために移転し、今まで以上に患者さんを支えられるようにスタッフも増やします。

今後は、今まで培ってきた経験や知識を、次世代の生殖医療を担う医師に伝えていくこともしていきたいと考えています」

 

※JISART(日本生殖補助医療標準化機関):日本の生殖補助医療専門施設の団体。品質管理システムを導入することで生殖補助医療の質向上を目的とし、究極の目標は患者満足度を高めることとしている。

 

小田原 靖 先生 東京慈恵会医科大学卒業、同大学院 修了。1987年、オーストラリア・ロイヤ ルウイメンズホスピタルに留学し、チーム 医療などを学ぶ。東京慈恵会医科大学 産婦人科助手、スズキ病院科長を経て、 1996年恵比寿に開院。AB型・みずが め座。
>全記事がドクター編集!

全記事がドクター編集!

不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。