いろいろな方法で体外受精を 試みてきたけれど、結果が出ない。 このまま続けるべきかどうか、 治療のやめどきについて 田村先生の思いを伺いました。
チップスさん(主婦・40歳) Q.結婚7年目、体外受精による治療歴5年です。 12回目の移植が化学流産に終わり、 現在は凍結胚ゼロ。これまで自然周期、 低刺激、中刺激、ショート法を試み、 胎嚢確認以降の流産2回、化学流産3回。 採卵すれば、毎回1~3個の移植可能な胚盤胞を 得ることができ、「子どもを育てたい、 夫を父親にしてあげたい、両親に孫の顔を 見せてあげたい」という思いがある反面、 特定不妊治療助成金の申請は今回が最後で、 これまでの費用や今後の経済的負担を考えると 限界を感じているのも事実です。 このまま不妊治療を続けるべきか、 諦めるべきかの選択は夫婦の大きな岐路。 気持ちが揺れ動き、悩んでいます。
目次
チップスさんの投稿に 寄せられたコメントです!
ありま(主婦・39 歳) 私は諦めたほうです。理由は治療費。40 歳までは貯金で どうにかと思っていましたが、まもなく誕生日。お金があ れば続けていたかもしれませんが、自分にはこれでよかっ たのかも……と思っています。何年も重苦しい気持ちで過 ごしてきました。いつか晴れやかな気持ちになりたい。何 かやりたいことを見つけるつもりです。
もも(アルバイト・37 歳) 私の悩みや治療歴と似ています。移植だけで10回以上 経験。先日、流産手術を受けました。これが最後の凍結 胚で、助成金申請もラストに。今回の流産には夫婦共々 心を砕かれましたが、一番納得できる方向を探って悩ん だ結果、もう一度だけ治療を続けると決めました。チッ プスさんご夫婦も最善の方法が選べるといいですね。
うまくいかない時は 頭を空っぽにしてみる
私が患者さんから「諦めたほうがいいですか?」と聞かれた場合、 40歳と 45 歳の方では、答える内容が全然違ってきます。
投稿者のチップスさんはまだ 40 歳。この年齢で「やめなさい」と言われたとしても、きっと数カ月後には再び治療への思いが湧き上がってくると思います。
そういう患者さんが多いですね。
それに、流産の経験もあるのなら、「もう少しだったかもしれないのに……」という感覚もどこかに残っているはず。
だから気持ちが揺れ動いているのではないでしょうか。
そういう時はいったん、引いてみるべきだと私は思います。
「引く」というのは、不妊治療をやめるという意味ではないですよ。
病院に行く予定や基礎体温を測ることも忘れるほど、一度頭の中を空っぽにしてごらんなさい。
今は結果がついてこないことに疲れているだけ。
そんな時はパワーも出てこないわけですから、肩の力を抜いて何か違うことに目を向けてみるのもいいでしょう。
おそらく2カ月もしたら、「やっぱり子どもが欲しいわぁ」と、素直な気持ちが自然とよみがえってくるようになる。
そうしたら、ご主人に「もう1回トライしたい」と相談してみるといいですね。
チップスさんのように、体外受精を始めて5年経つと特定不妊治療助成金の補助が終了して、経済的な負担が心配になるのもよくわかります。
ならば、それまで年3回試みていたものをボーナス月の年2回に減らしてみるというのはいかがですか。
「ボーナスの月だけ頑張ろうね」と決めたら、そのタイミングが有意義になるように、空いた時間は自分の体調を整えるために使う。
そんなふうにしてもいいかもしれません。
もし、それでもまだ「どうしよう?」と悩むのなら、もう少し休めばいいんですよ。
「助成金も出ないし、しんどいからもうやめた」と、納得しないまま自分の気持ちにフタをしてしまうと、必ず後悔する時が来ます。
そして2〜3年後に「やっぱりもう一度……」と治療に戻ることになる。
そうすると、治療を受けなかった数年間が「もったいなかったなあ」ということにもなりかねません。
夫婦の未来予想図を のんびり空想してみよう
どんなに体外受精の回数を重ねても妊娠しないケースもあれば、たとえ妊娠しても分娩に至らない人もたくさんいます。
不妊治療は、「これだけすれば妊娠しますよ」という、出口の見えるものではありません。
だとしたら、諦める、諦めないとかではなく、いかに自分の気持ちを納得させることができるか。
その一つの方法として、私は夫婦二人の生活というものを想像してみることをおすすめしています。
自分が母親になって子どもを抱いている姿ばかりを思っていると、うまくいかなかった時に達成感のないつらさに押しつぶされそうになってしまう。
そうならないためにも、普段から夫婦中心の生活というものを頭の中に思い描いておくといいでしょう。
何事にも代替案というものがあるのと同じです。
「老後に向けてこんな蓄えをしなくては……」というような、眉間にしわを寄せて考えるということではないですよ。
ただ、 60歳、 70 歳くらいになった頃の自分たちの姿をなんとなく想像してみるのです。
たとえば、どんな会話をしてどのように年を重ねているだろうか、仲良く日向ぼっこをしているかしら……と、夫婦の未来予想図をぼんやりのぞいてみる。
そうすれば、仮に妊娠が成立することがなかったとしても、「夫婦二人でも結構楽しくやっていけるかも」と、気持ちをそこへシフトすることで少しはゆとりも生まれ、心のリカバリーにも役立つのではないでしょうか。
要は、最終的に「いい人生だったわ」と思えるかどうかだと思います。
それは、夫婦二人だけでは、言えないことでしょうか。
決してそんなことはないはずです。
もちろん、子どもを育てる喜びを知ることはできなかったかもしれないけれど、「幸せだったね」と言える人生にしてほしい。
そのためにも、ぜひ夫婦二人の生活の楽しさを想像してみてほしいと思います。
「頑張ったね」と言える 卒業をしてほしい
最近、私の患者さんに、不妊治療を〝卒業〞された方がいます。
ご自身もご主人も「もう十分にやってきたから」と、納得したうえで治療を終えることを決意されました。
たとえて言うなら、ロウソクの火が静かに消えていくように、気持ちがゆっくりフェードアウトしていく感じ。
このご夫婦のように、きちんと納得して終止符を打てたならば、「あの頃よく頑張った」と、いつか自分たちの治療生活を振り返ることができるようになるでしょう。
皆さんにもそういうふうに卒業していってほしい、と私は願っています。
秀子の格言
60歳になった夫婦二人が仲睦まじく 日向ぼっこしている姿を想像してみて。 〝よく頑張ってきたね〞と 語り合える日がきっと来ます
【医師監修】田村秀子 先生 京都府立医科大学卒業。同大学院修了後、京都第一赤 十字病院に勤務。1991年、自ら不妊治療をして双子を 出産したのを機に、義父の経営する田村産婦人科医院に 勤め、1995年に不妊部門の現クリニックを開設。繊細 な感性を秘めた、おおらかな人柄が魅力の先生は、A 型・ みずがめ座。プライベートでは今年 9月、銀婚式を迎え た記念として、ご夫婦でシンガポール旅行を楽しまれたそ う。着物姿で旅されて注目の的だったとか。