【医師監修】渡辺 浩彦 先生 滋賀医科大学卒業後、京都大学医学部附属病院産婦人科、大津赤十 字病院、済生会茨木病院などを経て、1971年から不妊治療を行って いる父親の病院を継承。不妊治療から分娩まで手掛け、365日24 時間の診療体制をとる。O型・おとめ座。ストレス解消のためにゴル フに行くのを楽しみにしている先生。最近はなかなか時間が取れない が、昨年末は忘年会を兼ねて久々に思いきりプレーを楽しんだそう。
ばんりさん(30歳)Q.最初に通院していた近所の婦人科では、洗浄・濃縮する設備がないため、 精液をそのまま子宮に注入します。調べたところ、洗浄・濃縮するのが一 般的で、それをしないと雑菌が子宮内に入り、炎症や腹痛が起きる可能性 もあると知りました。不安に思い、評判がよく実績のあるクリニックに転 院しました。スタッフの方の感じがよいので前のクリニックに戻りたい気持 ちもあるのですが、精子数が少ないのに洗浄・濃縮なしの人工授精で妊 娠できるのでしょうか? やっぱり洗浄・濃縮したほうが妊娠率は上がる のでしょうか?
精子の洗浄・濃縮
人工授精の際、精液の洗浄・濃縮を行う目的は何でしょう。
渡辺先生 洗浄・濃縮を行う主な目的は、精漿、雑菌、死滅した精子などの不純物の除去です。
日本生殖医学会編の『生殖医療ガイドブック2010』の精子調整法の項目には、「副作用を予防し、効率よく運動精子を子宮腔内に注入するためには精子の洗浄・濃縮が必要不可欠である」と明記されています。
不妊専門クリニックでは以前から当然の処置として行われていますが、人手、設備、試薬などへの投資が必要なので、小規模なクリニックなどでは行われていないケースがあるのも現状なのでしょう。
洗浄・濃縮で妊娠率は
妊娠率に影響はありますか?
渡辺先生 洗浄・濃縮のメリットとしては、不純物除去のほか、受精能の獲得が挙げられます。
精子は通常、腟内に射精され、子宮頸管、子宮腔、卵管を通過する過程において受精するための能力を獲得していくわけですが、精液を調整することなくそのまま注入すると、受精能の獲得が不十分となってしまいます。
人工授精においては、いかに受精能力の高い運動精子を多く回収することができるかが重要ですから、受精率や妊娠率を左右する大きな要素となります。
調整法は二つある
今回は、培養士の田中亜理佐さんにもお伺いします。
田中さん 精子は、洗浄の過程における刺激により、卵子と一緒になった時により受精が起こりやすい状態へ変化します。
「先体反応」といいますが、これをしないと卵子の中へ入っていくこともできず、また受精までに時間がかかったりします。
精子の調整法は大きく2つあります。
精子の成熟段階の細胞密度の変化を利用して遠心分離する「密度勾配法」と、精子自身の運動によって分離する「スイムアップ法」です。
それぞれの特徴は
それぞれにどんな特徴が?
渡辺先生 主に実施されている密度勾配法では、未成熟精子と死滅した精子は細胞密度が低いため、遠心することで上に集まり、成熟精子は下に集まる作用を利用しています。
一方、スイムアップ法は、より選別された運動精子が得られますが、精子の回収率がやや低く、選別に時間がかかります。
これは精子数が比較的多い人向きだと思いますね。
当院ではどちらも採用しています。
田中さん 密度勾配法で遠心分離された精液は、そのままだと精子がギュッと込み合った状態なので、また別の液に入れてサラサラの状態に調整します。
最終的には子宮の容量である 0.3 〜 0.5mL くらいに量も調整します。
良好な運動精子が濃縮された状態で、子宮へと届けられるのです。