不育症にはどんな治療法があるのでしょうか? 木場公園クリニックの吉田先生に 検査や治療法についてお話を伺いました。
【医師監修】吉田 淳 先生 愛媛大学医学部卒業。産婦人科・泌尿器科医。東京警察病院産婦人科、 池下レディースチャイルドクリニック、東邦大学第一泌尿器科非常勤講 師などを経て、1999年木場公園クリニックを開院。不妊症治療の情報 収集のため、アメリカや日本国内の不妊症専門施設の見学・研修を数多 く積んでいる。今年の夏は長野県・御岳で100kmマラソンに参加。真 夏の山を何と17時間走り続けて完走したというアイアンぶり。自分の限 界を知るために、来年は160kmのレースに挑戦したいとか。治療でも プライベートでも、厳しい状況であるほどパワーアップする吉田先生!
まいまいさん(会社員・26歳)からの投稿 Q.初期流産を経験し、先日、不育症の検査をしました。 その結果、プロテインS活性、抗 PE IgM キニノーゲン、 フォスファチジルセリンIgMの3 項目で基準値外が出ました。 治療法として先生にアスピリンと柴苓湯の服用をすすめられましたが、 万全を期してヘパリン併用をお願いしようと思っています。 アスピリンのみでも無事出産できた方はいますか? 「これが絶対」という 治療ではなく、先生によって意見が違うのが悩ましいです。
プロテインS
不育症の検査を受けたところ、プロテインS活性の値が特に低かったようですが、このプロテインSとはどんな物質なのですか?
吉田先生 プロテインSは、血液凝固をコントロールしているタンパク質の一種です。
この物質が欠乏すると、体内の血流が悪くなり、血の固まりができやすくなります。
子宮内の血液の流れも滞りやすくなり、それにより血栓症を引き起こしたり、胎児が死亡するというケースもあることから、プロテインS欠乏症は不育症の原因の1つにもなるといわれています。
ヘパリンの活用
他の検査項目でも異常が見られたようですが、このような症例の場合、やはりヘパリンを使用したほうがいいのでしょうか。
吉田先生 数値が記述されていないので明確に診断することができませんが、プロテインS活性の数値のみが低いようであれば、アスピリンだけの治療でもいいのではないでしょうか。
ただし、キニノーゲンの値にもかなり問題があり、強陽性ということであれば、ヘパリンを併用されてみてもいいかもしれません。
フォスファチジルセリンに関しては、これは現在、検査では測ることができなくなりました(まいまいさんの投稿は2010年時のもののため)
ヘパリンを使わない施設もあるのですか?
吉田先生 アスピリンもヘパリンも血液をサラサラにして流れをよくする効果のある薬ですが、ヘパリンはまったく使用せず、アスピリンのみという施設もあると思います。
逆に、アスピリン+ヘパリンという併用療法を積極的に取り入れている施設もあるでしょう。
不育症については明確なデータがまだ出ておらず、治療は一様ではないんです。
施設や医師によって異なるというのが現状です。
着床障害の可能性
まいまいさんは、漢方薬の柴苓湯の服用もすすめられているということですが、柴苓湯はまったく使わないという施設もあるんですね。
こちらのクリニックではヘパリン併用の治療をされていますか。
吉田先生 ヘパリンは取り入れています。
線引きが難しいのですが、当院は基本的には不妊治療を主とした施設なので、不育症の治療というより、着床不全の改善のためにヘパリンを使用するといったほうがいいかもしれません。
当院では、子宮内膜に問題がなく、4~5回良好な胚を戻しても結果が出ない場合、流産の既往がなくても習慣性流産や不育症の検査を受けていただいています。
その結果、特に抗リン脂質抗体が強陽性になった場 合は、ヘパリンとバファリンⓇを併用した治療法を提案しています。
通常、不育症の治療では、ヘパリンは妊娠判定が陽性になってから使うのですが、このように着床障害という目的で使う場合は胚移植後から使用していきます。
着床障害とヘパリン
ヘパリンを使うことで着床障害は改善されますか?
吉田先生 着床して、無事に出産までいったケースはたくさんありますが、すべての方が改善されるという明らかなデータはありません。
データは出ていないけれど、何らかの効果が望める方もいるのではないかと思っています。
ですから、ヘパリンを使うかどうかは最終的には患者さんに決めていただいていますね。
ヘパリンの併用療法は血液をサラサラにする薬を2種類も使うので、確かに出血傾向になりますが、胎児への悪影響はないとされているので、体へのリスクはほとんど心配ないと思います。
ただし、ヘパリンは自己注射で、1日2回も打たなければいけません。
飲み薬を飲むのとはちょっと違いますよね。
なかには陣痛が来るまでヘパリンを使う施設もあるようなので、手間や負担という面では大きいと思います。
ご提案する際は、それらのこともきちんとご説明したうえで、使うかどうか選んでいただいています。
着床障害と不育症
着床障害と不育症はどこか重なっているところがあるのでしょうか。
吉田先生 不育症がご専門の先生からご意見を聞いたら、「不育症と着床障害では定義がまったく異なる」とおっしゃるかもしれませんが、僕は重なっている部分があるのではないかと思っています。
胚を戻してから妊娠判定が出るまでに何も結果が出ないのは、もしかしたら初期の不育症かもしれない。
そこで何らかのマイナス要因があって成長が止まっているのかもしれない……。
何人もそのような患者さんを診てきている感触からそのように思います。
ですから当院では、着床障害の場合でもヘパリンによる治療を取り入れているんです。
そのような吉田先生のお考えが、ウェブ『ジネコ』で 先生のインタビュー 動画が見られます。ほかの施設の先生のお考えと異なるように、不育症における治療の概念はまださまざまということなんですね。
そのなかでも、まいまいさんのようなケースでは、アスピリンやヘパリンという薬を使うことがほとんどですか?
吉田先生 血流を改善する目的とし てはアスピリンやバファリンⓇ、ヘパリン、自己免疫系を抑制し、それによって抗リン脂質抗体を抑える目的として、ステロイド剤のプレドニ ンⓇを使用します。
免疫系に作用するものとしては、ほかに柴苓湯があります。
だいたいこのような薬が使われると思います。
薬は同じでも、1つだけ使うか、組み合わせるかどうかなど、使い方が施設によって異なってくるということですね。
不育症はまだ確立していない
治療法が確立されていないだけに、まいまいさんのように何が自分に合っているのか悩んでしまいそうですね。
吉田先生 現状では「この治療をすれば絶対治る」と断言できないのがつらいところですが、一つアドバイスできるとすれば、患者さんご自身が信頼できる先生に従って治療されるのが一番なのではないでしょうか。
そうすることで治療に対するストレスや不安がなくなり、ひいてはそれが流産率を下げることにつながっていくのではないかと思います。