患者一人ひとりの声が 保険適用をかなえるカギに

 

夏の総選挙で、民主党が不妊治療の保険適用の検討を 初めて選挙公約に挙げたことが話題となりました。 そこで、不妊治療の医療保険適用について、 セントマザー産婦人科医院の田中温先生と セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生に ご意見を伺ってみました。

セントマザー産婦人科医院」院長 田中 温 先生 順天堂大学医学部卒業。越谷 市立病院産科医長時代、診療 後ならという条件付きで不妊治 療の研究を許される。度重なる 研究と実験は毎日深夜にまで及 び、1985 年、ついに日本初の ギフト法による男児が誕生。 1990 年、セントマザー産婦人 科医院開院。日本受精着床学 会副理事長。2009 年 6月より JISARTの理事長に就任。ラン ニングで健康な体作りに励んで いるとか。
セント・ルカ産婦人科」院長 宇津宮 隆史 先生 熊本大学医学部卒業。1988 年九州大学生体防御医学研究 所講師、1989 年大分県立病院 がんセンター第二婦人科部長を 経て、1992 年セント・ルカ産 婦人科開院。開院以来、妊娠 数は5000 件を超える。アメリ カ生殖医学会の優秀賞受賞。 JISART 副理事長。趣味は登山 や写真、スキューバダイビング など。アイアンマントライアスロ ン完走という超人的記録も持 つ。O 型・おひつじ座。

ドクターアドバイス

少子化対策の一環として 国を挙げてもっと真剣に 取り組むべきです
患者さんたちの声が、 国を動かす一番の 原動力だと思います
年間100万円の助成金を 2年間で6回受けられると 理想的ですね

治療を諦めた人の理由の ほとんどは経済的な問題

8月に行われた総選挙において、民主党は「子育て・教育」の項目に、出産一時金の増額と並んで、「不妊治療に関する情報提供、相談体制を強化するとともに、適応症と効果が明らかな治療には医療保険の適用を検討し、支援を拡充する」というマニフェストを発表しました。不妊治療に関する公約が挙がったのはこれが初めてのこと。

ジネラーからも、このマニフェストに期待する声がたくさん寄せられました。 

体外受精を例にすると、1回にかかる費用は 30 ~ 50 万円(高い場合は 70 ~ 80 万円のところも)。

保険の適用がなく、助成金も決して十分ではないなか、経済的な理由で不妊治療を断念せざるを得ない人も少なくありません。

先生方の間でも保険制度に反対、賛成の意見が分かれていますが、両先生は、保険適用や助成金の国会への請願を積極的にバックアップされています。今後、不妊治療に対する公的な援助は、どうあるべきか、また、どのように変えていくべきかをお聞かせください。

宇津宮 10 年ほど前に、当院の患者さんにアンケートをとった統計なのですが、不妊治療をしていて、赤ちゃんができなかったにもかかわらず来院しなくなった理由のトップは、やはり「経済的な問題」でした。

そして、体外受精の資金をどこから捻出していますか? という質問には、「貯金を使う」というほかに、「親に借りる」、「金融機関から借りる」などの回答がありました。

それを見たとある国会議員の先生が「これは、日本国憲法でいう“国民が等しく健康な生活を送る”という権利を妨げているではないか」とおっしゃったんです。

さらに、私の「国の対応が難しいのなら、保険適用や助成金を県や市町村単位で認可してもらえませんか」との投げかけに対しては、「これは人口の問題なのだから、国会で取り上げて、国が解決しなければいけない」と。確かに不妊治療というのは、一つの病気というより、国の問題として取り組まなくてはいけないことなのだと、そのとき気づきました。

不妊治療の理解を変えることが 保険適用への第一歩

田中 私もまったく同感です。現在不妊治療は、原則として私費。保険が適用されるのは、不妊治療に伴って生じた副作用や後遺症に対する治療のみです。要するに、これは健康保険法に基づいたもので、健康保険法のベースは「疾病」であり、「命にかかわるかどうか」ということ。

不妊症は疾病ではないので、保険の適用外ということになってしまうんです。

しかし健康保険法のなかには、「よりよい生活を妨げるような肉体的、精神的なものを含めて治療の対象とする」という一文もあり、解釈を変えれば保険適用も考えられなくはないと思います。健康保険法を、疾病だけでなく、もっと広く、もっと柔軟性をもってとらえることが大切です。

現在、少子化問題も深刻ですし、これだけの実績を上げて安全性も確立している不妊治療に対して、国としてもっと真剣に取り組むべき問題だと思いますよ。生まれてからのことはみんな一生懸命だけど、生まれる前のことはあまり関心がない。福祉のことも大切だけれど、日本の人口が減ってはいけないということを、国全体で認識しなくては。

いろいろな要因はあると思いますが、ここ十数年で人口が急激に減っていることに対して、もっと危機感を持つべきではないでしょうか。

不妊治療というのは、緊迫した病気ではないので、医学会のなかでもあまり関心を持たれていません。しかし不妊症の患者さんは、重病の人たちと同様に、肉体的にも精神的にも負担を抱えながら、問題に真剣に取り組んでいます。経済的な問題で不妊治療が受けられないのはよくない。保険適用なり、助成金なり、しかるべき対策をとってほしいですね。

どれくらい公的補助があれば 不妊治療に足りる

地方自治体によってもさまざまですが、現在、1回 10 ~ 15 万円、1年度あたり2回、通算5年間などの不妊治療の助成金が受けられるようになりました。しかし、これではまだ不十分です。今後、民主党のマニフェストのように、保険適用や助成金の増額などは検討されるのでしょうか?

田中 今回の民主党のマニフェストは画期的なことでしたね。不妊治療に関して、文章で何か残されたのはこれが初めてですよ。ただし、所要額が2000億円というのは到底足りない。出産一時金の増額と合わせてだから、最低でも5倍は必要でしょうね。

宇津宮 国の予算となると、国民の理解が必要になるのですが、国民の大半は不妊症は自分には関係のない問題だと思っているから、実現するのがなかなか難しいです。

ただ、2年前に申請したときに感じたのが、国会議員は予算を出したいと思っているのだけど、具体的にどうすればいいのかがわかりにくいということ。そこで今のところ、15 万円くらいの助成金という形になっています。

しかし、1回の体外受精にかかる費用を考えると、これでは全然足りないんですよね。

私は、年間100万円、2年間6回という助成金が出れば、保険が適用されたのと同じくらいの補助になると思っています。

というのも、当院の体外受精のデータを見てみると、妊娠率が高いのは体外受精の5~6回目くらいまでなんですね。また、1年間に体外受精を行えるのは約3回なので、2年間で6回の計算になります。1年に100万円、2年間で200万円の補助が出れば、もっともっと多くの方が不妊治療に取り組みやすくなると思います。

保険適用になると技術の レベルダウンが懸念される?

保険適用に関しては、先生方の間でも意見が分かれていると伺っています。ジネコが全国の不妊治療施設の医師に行ったアンケートでは、「クリニックによって技術レベルの差がかなりあるため、一律保険診療となると治療自体のレベルダウンが懸念される」、「公正な審査が行われるかどうか心配」、「患者さんそれぞれに合った治療ができなくなるのでは」などといった意見が出ています。保険適用は、やはり難しいことなのでしょうか?

田中 JISART(日本生殖補助医療標準化機関)のメンバーのなかでも、この話はよくしますが、単純に保険適用にすればよいのかということには賛否両論がありますね。

保険適用になってしまうと厚生労働省レベルでコントロールされるので、値段も治療も画一的になるのではという懸念があります。

不妊治療も複雑なケースがあって、JISARTのメンバーの先生方は、治療に対してかなり自信を持っていらっしゃるので、保険によって縛られたくないという思いはあるでしょう。

基準を作るというのも難しいとは思いますが、現在、体外受精というのは画一化された治療になっていて、何らかのベースを決めることはできるはずです。たとえば歯科医院で、歯の治療は保険適用でも、金歯を入れると料金がプラスされるのと同じように、不妊治療も、特殊なケースは私費でプラスしてもいいので、基本的な治療は誰もが認めるようなパターンを作って、それに関しては保険を適用する、という策もあるのではないでしょうか。

宇津宮 胚培養士や心理カウンセラーなど、今までの産婦人科になかったジャンルの人たちをスタッフとして迎え、さらに、それぞれに独自の研究を進めているところもあるので、クリニックの技術レベルに差があるのは当然でしょう。

確かに、それを保険で一律に……というのは難しいでしょうから、それなら助成金のほうがいいのでは、と私は思います。

保険適用や助成金が増えると、どの病院でどんな治療を受けるかが問題になってきますね。患者さんも病院選びにはかなり慎重だと思いますが、金額や期間が限られると、さらに慎重になりそうです。

宇津宮 確かに、保険や助成金をどの施設に託すか、それは大変重要になってくるでしょうね。残念ながら、日本では不妊治療の施設に対する基準はほとんどなく、日本産科婦人科学会に登録されている600以上の施設すべてがその対象となっています。

それではいけないのではないかと、我々が手本にしたのはオーストラリアの制度。オーストラリアは、不妊治療の保険適用が認められています。ただし、施設審査をして、そこに合格したところのみ保険適用が認められているんです。

我々も、生殖補助医療の質の向上と水準維持のために、2003年にJISARTを設立しました。そのとき、オーストラリアから審査
員を呼び、不妊治療のための技術や設備が十分かどうか、厳しく審査をする仕組みを作ったんです。

田中 日本産科婦人科学会に登録している施設のなかでも、レベルが高いといえる施設はおそらく 50 ~ 60 ほどだと思います。

現在、JISARTの 23 施設で、体外受精の実施数は全体の約8割を占めます。JISARTのよいところは、第三者が審査する点。膨大な資料を参考に第三者が評価するので、比較的公平な審査ができていると思います。JISARTの取り組みに賛同し、審査を受けて、登録されるクリニックも少しずつ増えてきています。

国も公的資金を使うからには、結果を要求してくるはずなので、しかるべき施設を選んで成果を上げなければ援助も続かないでしょう。とはいえ、病院を選ぶのは患者さんです。助成金に限度額や期限があれば、病院選びも真剣になるでしょう。有効に使いたいから、病院についてはかなり調べるようになるはずです。

患者さんたちが一丸となって 国に意見を届けてほしい

田中 保険適用にしても助成金にしても、政治家に対して一番説得力があり、声が届きやすいのは、やはり患者さんの団体ですね。医師の声よりも患者さんたちの声に、政治家も本気になるんです。何年にもわたって嘆願書を出してきましたが、医師が集める署名だけではやはり限界があるようです。

宇津宮 確かに、我々が表に立っていろいろな申請をしても、なかなか聞き入れられない。たとえば自己注射がいい例です。ずっと医師側から認めてくれと言っていたのですが、なかなか許可が下りなかった。

しかし患者さんが前に出ていったら、すぐに認可されましたからね。やはり、患者さんの声は力があるのだと実感しました。

今回、この記事を読んだジネラーの患者さんたちが賛同して、活動に参加してくれるといいですね。

田中 ぜひとも、しっかりとした患者組織を作りたい。JISARTの 23 ヶ所の患者団体を核にして、さらに全国の患者ネットワークを広げていけたらいいですね。そこが国策に対する窓口になって、我々はそこにアドバイスをしたり、全面的なバックアップをする。そうすれば国も動くでしょう。患者さんたちが一つの組織となって立ち上がってくれることを期待しています。

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。