最後と思って受けた治療で夢がかないました。

「僕は諦めていません」――。

私たちの目を見て言ってくださった先生の言葉を信じ、最後と思って受けた治療で夢がかないました。

お見合い結婚で結ばれたご主人とともに闘った4年間の不妊治療――。

周りからのプレッシャー、薬による副作用などのつらい経験を乗り越え、40歳を前に幸せがやってきました!

義母のプレッシャーに 私だけではなく母も 泣く日々がありました

マシュマロマンさんが結婚したのは2002年の 12 月、 33歳の時。出会いはお見合いでしたが、2歳上の男性は、初めて会った時から一緒にいて自然とリラックスできる人。それまで男性の前でトイレに行くこともできなかったというシャイなマシュマロマンさんですが、彼とはトイレのタイミングがまったく同じだったとか。

ジネコのSNSでは、元プロレスラーの前田日明さんにそっくりな運命の人・前田さん(仮名)との微笑ましいエピソード、そして結婚1年後から始まったお二人の不妊治療の日々が語られています。

結婚して約1年という比較的早い時期から不妊治療を始めたのは、早く子どもが欲しかったというマシュマロマンさんの希望はもちろん、周りからのプレッシャーも……。

「『結婚=すぐに子どもは授かる』と思い込んでいた主人の両親は、1年経っても、なかなか子どもができない私たちに『どうしてあなたたちにはできないの?』と、ことあるごとに聞いてきました」

義母との間にはこんなエピ義母のプレッシャーに 私だけではなく母も 泣く日々がありました

マシュマロマンさんが結婚したのは2002年の 12 月、 33歳の時。出会いはお見合いでしたが、2歳上の男性は、初めて会った時から一緒にいて自然とリラックスできる人。それまで男性の前でトイレに行くこともできなかったというシャイなマシュマロマンさんですが、彼とはトイレのタイミングがまったく同じだったとか。

ジネコのSNSでは、元プロレスラーの前田日明さんにそっくりな運命の人・前田さん(仮ソードもあったとか。

「ある日、義母と二人きりになったとき、1枚の新聞記事を渡され、そこには女性に施術する治療法が紹介されていました。義母は私に不妊原因があると一方的に思い込んでいたのです。私の母と子どもの話題になったときも『うちの息子には問題ありませんから!』ときっぱり。その晩、母は大泣きしたそうです」

2004年の年明け、マシュマロマンさんとご主人は、産婦人科も併設しているクリニックへ。そこで初めて不妊に関する検査を受けます。

「子宮卵管造影検査や精子の数を調べましたが、どちらも問題なし。様子をみながら、タイミングをとることになりました」

ところが1年経っても妊娠の兆しはなく、それどころか卵の質を良くするために服用したクロミフェンによって、卵巣が大きく腫れてしまうというつらい経験も。

「それで治療が怖くなってしまって……。主人からも『きみの体が傷つくのを見ていられないから、無理しなくてもいい』と言われ、1年ほど治療をお休みしました」

お休み中にマシュマロマンさんは、まず自分の体を整えようと女性専門の鍼灸院に通うことに。そこで出会った鍼灸師に、都内にある不妊治療専門クリニックを紹介されました。「男性不妊にも定評があるそのクリニックで詳しい検査をしたら、主人の精子の運動率や高速直進運動率が悪く、さらに受精にかかわる精子中の酵素にも問題があることがわかりました」

僕は諦めていませんという 先生の言葉に励まされ、 3度目の顕微授精に挑戦!

男性側の原因による、不妊―― 。

ご主人はその結果にかなり 落ち込み自分自身を責め、しばらく悩んだそうですが、「この方法しかないのなら……」と思い直し、お二人はそれまで躊躇していた高度不妊治療にトライすることになりました。

「最初は2個の採卵で体外受精顕微授精にトライしたけれど、移植までいきませんでした。次は1個の採卵で顕微授精1本に絞ったんですが、お腹に戻したのにダメ。ピペットの外側にスーッと勢いよく吸いついてしまうほどの元気な子だったのに……」

培養液の中では元気だったのに、自分のお腹に戻したら死んでしまった、と罪悪感にさいなまれ、物を投げるなど、その後荒れる日々が続いたと言います。

「そんな私の様子を主人は何も言わず見ていました。でも、それが逆によかったですね。いろんな慰めの言葉を重ねてもらっても、やっぱり事実は事実ですから。ただ黙って見守ってくれた主人に感謝しています」

そして3回目の採卵をする前に、先生とのお話のなかで

「『私たちはまだ大丈夫でしょうか?』と聞いたところ、先生が『まだ大丈夫。もうダメかなというときははっきり言いますから……僕は諦めていません』と、私たちの目を見ておっしゃってくださいました。その言葉を信じて、最後と思って受けた3回目の治療でこの子ができたんです」

2009年夏、 40 歳を前にして待望の女の子が誕生。

「先生の『大丈夫』という言葉を最後まで信じてよかった! 先生と出会えたことを本当に感謝しています。義母との確執や治療での副作用などつらいこともいろいろありましたが、今は一番大切な存在ができたから、あの頃のモヤモヤした感情は一切なくなりました。不思議なことに、幸せはつらい過去を消していってくれるんですね」

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。