[ 最終回 ] やっと会えたね

幸せのカタチ[ 最終回 ] やっと会えたね

「ああ、ずっと会いたかった。やっと会えたんだね──」

好きな人と結婚し、子どもができて、夫婦は親になる。 多分それは、どこにでもある幸せのカタチ。 一見、どの家族も似てはいるけれど、そこに至るまでには、 一つひとつの物語がある。

ここに紹介するのは、ある家族の軌跡。 母親の名はこはる、父親はモアイ、そして子どもはよっしーという。

ベビー救済会

「中国地方のベビー救済会は連絡してみた?」

戸籍上でも、実子にすることができる『特別養子縁組』の制度を知り、講習会があると聞けば、関東一円はもちろん、週末ごとに深夜の高速バスで関西地方まで出掛けていく日々が続くこはるとモアイだったが、具体的には一向に手掛かりがつかめない。そんな折、ネットで知り合った友人が声をかけてくれたのだった。

そのベビー救済会は医師会が運営する事業で、さまざまな事情で子どもを育てられない実親と、実子に恵まれないため養子を希望する夫婦の出会いの場を提供しているという。全国から数百組もの夫婦が、養子縁組を求めて相談に訪れていることを知り、こはるはすぐに受話器を取り、書き留めた番号を押した。特別養子縁組を希望していると伝えると、数日後に面接に来てくれという。

私が絶対になんとかします

「病気で子どもが産めないなんて、かわいそうに。つらかったでしょうね」

深夜バスで急きょ中国地方へと向かい、慌ただしく出向いた面接の場で、二人を迎えてくれたのは、そんな思いやりに満ちた言葉だった。前もって送付していた二人の書類に目を通しながら何度もそう繰り返しては、こはるに微笑みかけるその人は、ベビー救済会の中心人物、H産婦人科のH院長。〝優しいおじいちゃん”というたたずまいの彼の前では、疲れも緊張もほどけていくようだった。

聞かれるままに、家族構成や周りの家族が養子縁組についてどう思っているか、病歴、夫婦の馴れ初めや夫婦仲、趣味、仕事のことなどを話していく。二人の養子縁組にかける想いを、身を乗り出して聞いた後、H院長は言った。

「もう少し早ければ、子どもをすぐにお世話できたのになぁ。でも、大丈夫ですよ。そんなに苦しんだのだから、私が絶対になんとかしますから」

初めて実感した、希望に満ちた具体的な可能性だった。この人にまかせれば、私たちのところに、必ず子どもはやってくる。そう確信できた。

「ありがとうございます。ほんとにほんとに、よろしくお願いします!」

二人は何度もお礼を言う。こはるは涙でクシャクシャになりながら笑っていた。

希望、のち、失望

「今度来るときは、抱っこひもがいるからね。用意しておいてね」

そんな言葉に送り出されて救済会をあとにしたこはるとモアイだった。帰宅後数日は、赤ちゃんがすぐにでもやってきそうな気がして、そわそわと落ち着かない。朝、こはるはいつも通りにモアイを送り出し、洗濯を終えると、わくわくとした気分のまま、抱っこひもを買いに出掛けることにした。

抱っこひもといっても、デザインも抱き方もさまざまなタイプがあることに、改めて気づく。こはるにとって、赤ちゃん用品売り場はときに残酷だが、この日は世界中の幸せをすべて集めたかと思うほど楽しかった。

新生児から使える抱っこひもを選んで自宅に戻ると、電話の受信を知らせるランプが点滅している。電話番号を確認すると、ベビー救済会からだ。慌てて電話を入れる。「赤ちゃんが生まれたのでお知らせしたが、応答がなかったので次に待っているご夫婦に……」との事務局からの言葉は、途中から覚えていない。幸せの絶頂から、いきなり突き落とされたようなショックだった。

150組もの夫婦が、今か今かと赤ちゃんの誕生を待ちわびているのだ。連絡の電話に出られなければ次の人へ連絡が行ってしまうことは知っていたが、よりによって抱っこひもを買いに出掛けたそのときに……と思うと、悲しくてしかたがない。

それからの日々は、ひたすら次の電話を待ち続けた。もしかして電話があるかもしれないと思うと、家を留守にする気にもなれず、洗濯物を干しにベランダに出るときも、トイレもお風呂もどこへでも、電話の子機と携帯を肌身離さず持って歩いた。

やっと会えたね

1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ、それでも電話はない。一日中気がふさぎ、疲れ果てていた。このままでは頭が変になってしまう。もう待つことはやめようと、二人で決めた直後のことだった。電話が鳴り、ディスプレイに表示される番号を確認する。ベビー救済会からだ。受話器を持つ手が震えているのがわかった。

「赤ちゃん、生まれましたよ」

電話の主は確かにそう言った。3日後には迎えに来るよう、とのこと。「ありがとうございます、ありがとうございます」こはるはお礼を言おうとしたが、涙でなかなか言葉にならなかった。

産院の病室には、ベビーベッドが2つあり、入り口に近いほうに、生まれて数日足らずのその子はいた。すやすやと穏やかに眠っているようだ。夢中で近づいて、そっと抱き上げる。赤ちゃんは少し顔をしかめ、やがて安心したように、こはるの腕の中で眠り続けた。顔を寄せると懐かしい匂いがする。

「ああ、ずっと会いたかった。やっと会えたんだね──」

こはるとモアイは心から思った。こはるが子宮を失って約1年4ヶ月。どこかにいる二人の子どもを探す旅が、今、終わろうとしていた。

その後、子どもは、こはるとモアイによって「よっしー」と名づけられた。6ヶ月の試験養成期間が終了し、特別養子縁組の裁判を経て、2007年12月26日、よっしーは戸籍上でも二人の実子となった。こはる、モアイ、よっしーの三人家族が生まれた瞬間だった──。

ずっと会いたかった。

やっと会えたんだね──。

(完)

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。