[ 第2回 ] 家族の選択

幸せの カタチ[ 第2回 ] 家族の選択

がんを退治するのが先決。「子どもが産めないなら養子を育てたっていいじゃないの」

好きな人と結婚し、子どもができて、夫婦は親になる。 多分それは、どこにでもある幸せのカタチ。

一見、どの家族も似てはいるけれど、そこに至るまでには、 一つひとつの物語がある。

ここに紹介するのは、ある家族の軌跡。 母親の名はこはる、父親はモアイ、そして子どもはよっしーという。

がん告知

「摘出した筋腫の組織を検査した結果、奥さんは中分化型の類内膜腺がんだと思われます」
担当医はモアイにそう告げ、ホワイトボードに記した。聞きなれない専門用語に事情が飲みこめない。ただ、ボードに書かれた『がん』の文字が、異常事態を示していることは確かだった。

医師の説明を受け、分かったことは、こはるは子宮体がんであること。悪性具合は中程度で、進行のレベルはⅠ期のb、またはc。つまりがん細胞は子宮内にとどまり、子宮外への転移はみられないが、予断を許さない状況だというのだ。

続けて、医師は図解を加えながら、ボードに選択可能な治療の方法を書き連ねていく。

手術、放射線、授動術、化学療法……。

命を確実に守る方法は、子宮の全摘出手術。しかし、どうしても子どもを産みたいのなら、子宮を残したままがん治療をする選択肢もある。その場合、がんの転移というリスクもあることを医師は告げた。

こはるの病室の前で、モアイは深呼吸を一つする。落ち着けと自分に言い聞かせ、ドアを開けると、こはるは鏡に顔を埋めんばかりに近づけ、仕上げのマスカラを塗っている最中だった。

「何時ごろ、退院できるって?」

こはるは振り向いて笑った。モアイが医師に呼ばれたのは、退院のことだと信じているのだ。家に帰れるうれしさで、明るく輝くその表情は、とてもがんを患う人のようには見えない。今聞いたばかりの医師の宣告は本当なんだろうかと、モアイは思った。

同じ日の午後、今度は二人で医師の説明を聞いた。モアイは、こはるが理解しやすいようにと、分かりやすい言葉に置き換えては医師に確認していく。モアイは根っからの理系なので、複雑な内容でも理論的に整理するのが得意だ。その手法で、目の前に順序よく並べられると、たいがいのことが分かりやすくなるので、こはるはいつも感心してしまう。しかし、このときのこはるは、二人の話をほとんど聞いてはいなかった。

自分ががんであることよりも、子宮をとらなければならないかもしれないこと。子宮をとったら、妊娠はあり得ないのだという事実に打ちのめされていたのだ。

「手術をするなら、なるべく早くするべきです。今日、明日はご自宅に帰り、お二人でよく話し合って結論を出してください」

医師はそう言うと、資料を閉じた。

苦悩

病院をどんな風に出て、どう家にたどりついたのか、こはるはまったく覚えていない。家に着くやいなや、PCに電源を入れ、結婚以来、モアイのこと、筋腫のこと、赤ちゃんへの想いを毎日つづってきたブログを開いたとたんに、止まっていた感情があふれだす。キーボードを叩き、エンターキーを押すたびに、やり場のない切なさが、指先から放出されるようだった。仲間たちからのメッセージが次々に届き、それを読み、返事を書く作業をしていると、苦しさから少しだけ開放されるような気がした。

「子宮を残して治療すること、考えてみないか?」

と、モアイはいった。

モアイには、赤ちゃんを産み、子育てすることを、何より望んでいるこはるに、手術をすすめることはできなかった。少しでも可能性があるのなら、こはるの手に赤ちゃんを抱かせてやりたい。これまでだって、いつでも二人で乗り越えてきた。今度だって、きっと大丈夫。そんな思いだった。しかし、こはるの気持ちはいつも同じところで止まってしまう。

「温存治療はリスクが大きい。命の保証も、子どもができる保証もない。それでもやるべき?でも手術をすれば子どもの可能性はゼロになる。私はどうすればいいのだろう?」

決断

「命がなかったら何にもならないよ。子どもが産めないなら養子を育てたっていいじゃないの」

こはるの母親の力強い言葉に背中を押されるように、週明け、二人は手術の決断を担当医に告げた。まずはがんを退治するのが先決だ。それからのことは、後で考えればいい。手術は3日後に行われた。その様子を、モアイは正確に書きしるしている。

1月19日実施の術式(13:30~19:00)

1. 複式単純子宮全摘出(~1.5h)

2.両側付属器切除(~2.0h)

3.骨盤リンパ節郭清(~3.0h)

4.傍大動脈リンパ節郭清(~4.5h)

縫合を含めベッドに戻るまで、5時間半に及ぶ大手術となった。がんの進行が、当初の見立てより若干進んでいたせいもあり、念を入れて、両わきのリンパ節まで切除したからだ。手術後は、抗がん剤治療も開始。点滴で抗がん剤を注入すると、激しい吐き気に襲われた。だるさで、起き上がることすらできない。嗅覚が異常に発達するのも副作用の一つなのか、食べ物はもちろんのこと、ガーゼやベッドの金属部分まで、あらゆる種類の匂いが、こはるを苦しめる。治療を始めて2週間後、今度は髪が抜け始めた。ちょっと触れただけで、ばさりばさりとかたまりで抜け落ちる。寝ていれば枕が、起き上がれば床が、髪の毛だらけになった。(つづく)

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。