自分の血液から抽出された成長因子が組織の修復に効力を発揮するPRP療法が整形外科や美容医療の分野で活用が進んでいます。不妊治療においても子宮内膜の活性化や着床率の改善に期待が集まっています。治療について、なかむらレディースクリニックの中村嘉宏先生に詳しく伺いました。
PRPに含まれる成長因子で子宮内膜を活性化
PRPとは多血小板血漿(plateletrich plasma:PRP)のことで、患者さん自身の血液から血小板を多く含んだ部分を抽出したものです。PRPには傷んだ組織を修復し、再生をうながす「成長因子」と呼ばれる物質が豊富に含まれています。そのため、PRPを使った治療が再生医療の一つとして歯科、眼科、皮膚科や美容医療の分野で幅広く取り入れられています。特に整形外科では、軟骨がすり減った関節にPRPを注入して軟骨の再生をうながす、あるいは傷んだ組織の修復をうながすといった治療はよく行われており、大リーグで活躍している大谷選手も肘関節を傷めた時にPRP療法を受けています。
生殖医療の分野では、P R P を子宮内に注入します。血小板から産生されるP D G F( 血小板由来成長因子) やT G F – β( 血管新生促進因子) などの成長因子が子宮内膜を活性化させ、着床に有利に働くのではないかと考えられており、不妊治療の新しい選択肢として注目されています。
当院は2020年からPRP療法を導入しました。この治療は第二種再生医療法により規制されており、厚生労働省の認可を受け、安全管理体制が整った医療施設でのみ受けることができます。自費診療であり、保険診療との併用はできません。
子宮内膜が厚くならない方や難治性の着床障害に有効
PRP療法の対象となるのは、まず子宮内膜がどうしても厚くなりにくい方です。一般的に胚移植には子宮内膜の厚さが7mm以上必要とされていますが、過去に流産処置を繰り返した方、分娩時の大量出血や子宮筋腫などに対する子宮動脈塞栓術の治療歴のある方の中には、子宮内膜を厚くする作用のあるエストロゲンを投与しても子宮内膜の厚さが7mmに達しないことがあります。このような場合にPRPで子宮内膜を活性化することで胚着床率や妊娠維持の改善を目指します。また、子宮内膜が十分に厚くなる方でも、良好な受精卵を繰り返し移植してもなかなか着床しない難治性の着床障害の場合、子宮腔内環境を改善するPRP療法は有効だと考えています。
一方、PRP療法は組織を増殖する作用があるため、悪性腫瘍・子宮腺筋症などの腫瘍性病変のある方は症状が悪化する可能性があるため使用できません。貧血の方も、貧血が悪化するのでおすすめしていません。また、子宮内膜の薄い方がこの治療で必ずしも子宮内膜が厚くなるわけではないことも知っておいていただければと思います。
自身の血液なので安全性が高く、短時間で体への負担も少ない
治療は、基本的には凍結融解胚移植の際に行っています。まず、貧血や感染症がないかを調べる血液検査を行い、難治性の場合であれば、さらに子宮内膜に受精卵が着床できる適切な時期を判断するE R A 検査、慢性子宮内膜炎の検査、子宮内細菌叢の検査を行う場合があります。治療のタイミングは図の通り、ホルモン補充周期の10~11日目に1 回目、その48時間2回目と、投与は2 回1 セットで行うことがほとんどです。治療の当日に患者さん自身の血液を20ml採取し、特殊な試験管の中で不要な成分を取り除いてPRPだけを取り出します。その後、約0.5mlのPRPを子宮内に抽出すれば完了です。
1回の治療時間は数分と短く、ご自身の血液を使うのでアレルギー反応などの心配も少ないこと、現時点で大きな副作用も報告されていないことから、安全性の高い治療だと考えられます。海外ではすでに数多くのPRP療法が実施され、台湾では早発卵巣不全(POI)で排卵しなくなっていた方の卵巣にP R P を注射して、妊娠・出産に至ったという報告があります。日本でも多くの研究が進んでいることから、今後は子宮のみならず卵巣や胚への応用も広がっていくものと思われます。
難治性の着床不全に悩む患者さんの次の一手に
当院では導入から2年が経ちました。難治性の症例のみに適応しているので、妊娠症例としては多くはありませんが、一部の方には効果があるような印象です。高額な治療にはなりますが、難治性の着床不全の方にとっては次の一手になると思いますので一度試されてはいかがでしょうか。PRP療法の効果はPRPを注入した周期だけでなく、その後しばらく効果が続く可能性があります。