培養環境を保ったまま胚の観察が可能にタイムラプスでは何ができる?

タイムラプスは培養器に胚を入れたまま詳しく変化を観察できる画期的なシステム。ファティリティクリニック東京の小田原先生にその利点や効果について詳しいお話を伺いました。

ファティリティクリニック東京 小田原 靖 先生 東京慈恵会医科大学卒業、同大学院修了。1987年、オーストラリア・ロイヤルウイメンズホスピタルに留学し、チーム医療などを学ぶ。東京慈恵会医科大学産婦人科助手、スズキ病院科長を経て、1996年恵比寿に開院。

培養環境を保ったまま胚を観察できるシステム

 体外受精や顕微授精において、胚培養はとても重要なプロセスです。本来であれば卵子と精子は女性の体内で出会い、のちに赤ちゃんとなる胚へと成長していきます。その環境を再現し、胚を育てていくのが培養器という機械なのです。
 以前は孵卵器を発達させたようなものを使い、ドアを開け閉めして胚の成長をチェックしていました。最低1日1回程度は受精卵を培養器から取り出さなくてはいけないのですが、その度に受精卵は温度やガス濃度の変化、光などによりストレスを受けてしまいます。また、培養器を開け閉めすることで外気が中に入り込み、器内の気相が変わってしまうリスクもあったのです。
 これらの懸念材料を一気に解消してくれたのがタイムラプスインキュベーターです。この培養器は中にビデオカメラが設置されているので、胚を外に取り出すことなく、状態を観察することができます。日本では12年前くらいに導入され、当院もその頃から採用しています。
 タイムラプスの一番のメリットはやはり、胚に対する侵襲が少ないということ。ほかに、胚を外に出さないので取り違えのリスクも軽減できます。

ビデオによる観察で胚の変化を逃さずチェック

以前は1日1回程度胚を培養器から取り出して観察していましたが、その時間まで発育に至っているもの、まだ至っていないものと個体差がありますから、正確に評価することが難しかったのです。タイムラプスはずっと観察し続け4時間ごとに胚の状態を撮影していますから、受精のタイミングや前核の形成時期などを見逃さず、しっかり観察することができます。

初期の分割状態などは胚の質に関係するといわれていますから、細やかに見ていくことは重要。最近ではAIが導入されたタイムラプスも出てきており、観察だけでなく、スコアリングも可能に。「どの胚を選択すべきか」というところまで判断できる時代になってきました。

当院では胚培養士がお預かりしている胚について患者さんにお話しする際、タブレットでタイムラプスの画像をお見せしながら説明しています。「見える化」されたことで患者さんにとってもわかりやすく、納得しながら治療を受けていただけると思います。

保険診療がスタートする前まで、当院では特定の条件を持つ人だけということではなく、患者さん全員にタイムラプスによる胚培養を実施しています。

今回の保険診療制度ではタイムラプスは先進医療になってしまうので、費用負担がかかってしまいます。保険診療との併用は可能ですが、なかには「できるだけ費用を抑えたい」という方も。ですので、使うかどうかは最終的には患者さんに決めていただいています。

PGT ‒ Aと組み合わせてさらなる妊娠率の向上を

タイムラプスにより胚に関して情報量が増えるので確かに有効性はあると思いますが、画像による胚の診断において現在、一定の基準というものが成立していません。胚の評価や妊娠率向上などについてこれだけで完了するのではなく、ほかの所見と組み合わせることでより明確になっていくという位置づけのものだと思います。

胚の診断法の1つにPGT – A(着床前胚染色体異数性検査)というものがあります。これは胚盤胞の染色体を調べて正常胚か異常胚か調べる検査ですが、この検査をしても100%妊娠するわけではなく、確率は65%程度。では妊娠しない35%の原因はどこにあるのか。

胚の情報は染色体だけではありません。総体的に見たら細胞質の比率が高く、そうなると胚の分割というところが大きなキーポイントになってくるのではないでしょうか。

タイムラプスで胚の細胞質の部分を評価して、染色体についてはPGT – Aで調べる。この2つをうまく組み合わせることにより、妊娠率がかなり上がってくるのではないかと思っています。

タイムラプスの有効性はある程度認められていくと思うので、今後保険適用されることも大いに考えられます。PGT – Aも認められればこれからはこの2つの組み合わせによる治療が主流になってくるのではないでしょうか。

タイムラプス

●どんなシステム?

培養器内にビデオカメラを設置することにより、胚を外に取り出すことなく発育状態を観察できるシステム。

●メリットは?

外に取り出すことで起こる胚へのストレスや培養器内の環境変化を防げる。画像による観察で情報量もアップ。

●どんな人が受けるといい?

できればIVFをしている人全員が使えることが望ましいが、自費診療なので経済面がネックになることも。

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

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