10個採卵でき、そのうち3つが胚盤胞に。移植したところいずれも上手くいかず…。そういった場合、妊娠に向けてどんな治療や検査が必要でしょうか。患者さんのライフプランに応じた不妊治療法を提案してくれるトーチクリニックの院長、市山卓彦先生に教えてもらいました。
2010年順天堂大学医学部卒業。2016年~2019年にかけて日本有数の不妊治療施設セントマザー産婦人科医院で田中温先生に師事し、生殖医療に関わる臨床及び研究に従事。 2019年4月、順天堂大学浦安病院 リプロダクションセンター副センター長に就任。良好な臨床成績を獲得するとともに、癌生殖、生殖心理の分野でも研鑽を積む。「患者さまの足元と人生の先を照らすための松明=トーチのような存在になりたい」という思いから2022年5月東京・恵比寿にtorch clinic (トーチクリニック)を開業し、院長就任。「仕事や家事をしながら通いやすい」クリニックとして、多くの患者さんから支持を集めている。
相談者:ハニーさん(32歳)
アンタゴニスト法(自費)で10個採卵でき、そのうち3個が良好胚盤胞に。移植しましたが1回目4BA化学流産(自費ホルモン補充)、2回目4BB陰性(保険ホルモン補充)、3回目4CB化学流産(保険・自然周期)でした。ちなみに低AMHで1.21。今後はERA検査、Th1/Th2の検査をする予定ですが、他にやっておいた方がいい検査はありますか。また、通院中の病院は、予約がいっぱいで採卵がかなり先になるといわれたので、転院を検討しています。転院する場合、どのような検査ができる病院を選ぶといいでしょうか。
着床不全を来している可能性はありますが、良好胚が採れているので、妊娠、出産をあきらめないでほしいと思います。
ご相談内容を拝見したところ、「10個採卵できて、そのうち3個が胚盤胞になった」とのこと。ハニーさんの場合、胚盤胞になった3個とも化学流産や陰性だったことを考えると、胚因子以外のなんらかの理由で、受精卵がうまく子宮に着床していない可能性があります。
特に反復着床不全と診断されご不安も強いかと存じます。しかし32歳とお若く良好胚がしっかり獲得できているので、妊娠、出産の可能性は充分にあると思います。ぜひあきらめないで治療をつづけてほしいと思います。
ERA検査、Th1/Th2検査を含め、着床不全の検査はまだ標準化されていないものが多いです。
反復着床不全に関してはまだ明確な定義はありませんが、良好胚を3回以上、4個以上移植したのに着床しないことを指すことが多いです。主な原因としては、
①受精卵側の原因
②母体側の原因
③子宮内膜-胚の着床における不調和
などが考えられます。
今、ハニーさんが受けようとしているERA検査は、移植当日の子宮内膜が胚を受け入れることができる時期、いわゆる「着床の窓」が適切かを遺伝子レベルで調べる検査です。この検査は世界でも広く行われており、多施設共同無作為化対照試験によって、ERAを用いることによる出生率改善の可能性も報告されています。ただ追研究により今尚賛否が分かれている保険が適用されない高価な検査であることはご理解いただく必要があります。これまでの治療経過から、主治医がハニーさんにERA検査が必要と考え提示されたのだと思いますし、納得されたならば受けていただけたらと考えます。
もう1つ予定されているTh1/Th2の検査ですが、これは受精卵が体内に入ってきた際、免疫のトラブルによって受精卵を拒絶しないかを調べる検査です。ヘルパーT細胞から分化するTh1細胞とTh2細胞は、お互いにバランスをとりながら免疫系を機能させています。Th1の比率が高いと胎児や胎盤にダメージを与える可能性が高くなり、着床不全を引き起こしたり、妊娠を継続するのが難しくなると考えられています。検査結果によっては免疫抑制剤であるタクロリムスという薬を使うことで、着床しやすくなると報告されており、反復着床不全や反復流産の患者様を対象に行われています。ただこの検査も保険適用外で検査料は自費になり、生殖医療ガイドラインにおいても推奨度Cとされています。
自費診療と保険診療は原則一緒に治療ができませんので、自費であるTh1/Th2の検査を受け、その後タクロリムスを併用し胚移植を行う場合治療費はすべて自費となります。そのため、検査の必要性、さらに結果に対してどのような治療をしていくかは担当医とよく話し合われてください。
なおタクロリムスはもともと不妊治療用に開発された薬ではなく、標準的な治療ではないことを知っておいていただけたらと思います。産婦人科医の中にはその安全性について懸念を持っている先生もいらっしゃいます。
慢性子宮内膜炎の検査子宮鏡や子宮内膜組織診は受けておくといいでしょう
他に着床不全の検査として提案差し上げるのは、反復着床不全の方に多いとされる慢性子宮内膜炎の検査です。子宮内膜を採取し、免疫染色を行い形質細胞をカウントし診断しますが、子宮鏡検査も有用とされます。研究も多くなされエビデンスも集まっているのと、抗生剤や外科処置など適切な治療をすることで改善が可能であり、妊娠・出産に対してポジティブな報告が多いです。
とはいえまだ明確な診断基準がなく、特に形質細胞が1-4個/HPFなどと少ない場合の取り扱いに答えは出ていません。感染が主な理由と考えられているものの、感染以外で炎症が起こることもあり、抗生剤の適切な使用がされていないことは問題です。保険適用になり、混合診療が認められないと考えると、どの段階で慢性子宮内膜炎の検査を実施、治療を行うかなども判断が難しくなってきています。是非担当医とご相談ください。
転院をする際は、転院先で希望する検査や治療ができるか、臨床成績、医師の経歴や通いやすさなどを事前に確認を
転院をする場合ですが、ご自身が希望する検査や治療を受けられる医療施設かを確認して決めるのがいいでしょう。排卵誘発法などは先生の思想や施設によって大きく異なります。妊娠率だけでなく、先生のご経歴、すなわちこれまでどういった施設で修業されてきたかも選ぶ際の大切なポイントです。
あとは通院のしやすさも重要です。就労との両立は治療において大きな課題となるので、ご自身の休日にも開院しているか、クリニックでの待ち時間はどのくらいかなども確認しておくといいでしょう。
排卵誘発法は高刺激を選択し、一度に複数個採卵・凍結その後凍結胚移植をするのが良いかと思います。
排卵誘発法についてですが、私は年齢とFSH(卵胞刺激ホルモン)とAFC(胞状卵胞数)から決めています。ハニーさんはおそらく保険診療での治療を希望されていると思います。保険診療で6回まで胚移植が可能ですので、あと保険の範囲で4回試みることができます。それらをふまえると高刺激で複数個採卵・凍結し、その後凍結胚移植をするのがいいと思います。新鮮胚移植をするよりもOHSSのリスクを下げることもでき、妊娠率も高くなります。
ハニーさんは、良好胚が複数個しっかり採れているので、妊娠、出産は可能だと考えています。慢性子宮内膜炎などの必要な検査を受けて、主治医の先生と相談をしながら治療にのぞんでくださいね。