俵史子先生の生殖周産期 講座第3回〜妊活中から始める母体管理〜
妊娠がゴールではなく、母子ともに元気で出 産することが最終目標です。
俵IVFクリニック では産科に移る妊娠12週まで診察する「生 殖周産期外来」を新設。
今回は妊娠高血圧 症候群について、俵史子先生と周産期専門医 の村林奈緒先生に詳しいお話を伺いました。
妊娠高血圧症候群って?
妊娠前から高血圧だった人を含め、妊娠時に「収縮期 血圧140mmHgまたは拡張期血圧90mmHg」以上を認め た場合、妊娠高血圧症候群といいます。はっきりした原 因は不明ですが、高齢や肥満、糖尿病、高血圧の家族 歴がある人は起こるリスクが高くなるといわれています。
妊娠高血圧症候群とはどのような 状態をいうのでしょうか?
これまでは妊娠 20 週以降に高血圧になった場合だけ を妊娠高血圧症候群と定義していました。しかし世界
的に妊娠前から高血圧があり、高血圧合併妊娠といわれていたケースもここに分類するようになりました。そこで日本でも定義分類の変更が検討され、2018年 5 月より世界の基準に一致させたものになりました。また近年、高齢で妊娠を望む人が多くなったことで高血圧傾向の人もかなり増え、分けるのが難しくなったという背景もあります。
数値的な診断基準は、収縮期血圧140または拡張期血圧 90 以上であれば妊娠高血圧症候群ということになり ます。特に体に負担をかけたわけではないのに、急に血圧が上昇して悪化するということがあり、それは決して珍しいことではありません。
妊娠高血圧症候群になると どんなリスクが高まりますか?
妊娠高血圧症候群になった場合、重症化するとけい れんが起こったり、脳出血が起こるリスクが高まります。また、血圧が高い人は陣痛による痛みでさらに血圧が上がりやすくなるので、分娩時にも血圧管理を十分に行うことが必要です。けいれんを抑えるために抗けいれん薬を使ったり、急激な血圧上昇を防ぐために降圧薬を点滴することも。収縮期の血圧が180を超え、しかも分娩がなかなか進まない状態が続く場合は、帝王切開に切り替える可能性もあります。
また、妊娠高血圧症候群は胎児にも悪い影響を及ぼします。血圧が高いと胎盤への血流が悪化するため、胎児に必要な血液も減少してしまいます。胎盤機能不全という状態となり、胎児の心拍数が低下する原因となることも。さらに、赤ちゃんが生まれる前に胎盤が剝がれてしまう常位胎盤早期剝離のリスクもあります。そうなると大量出血を起こし、母子ともに非常に危険な状態になります。このような状況になる前に分娩となることが望ましいでしょう。
妊娠高血圧症候群の原因や なりやすい人の特徴、傾向は?
妊娠高血圧症候群の病態はまだ解明できておらず、何が原因になっているのかわからないというのが現状です。妊娠により体内を循環する血漿量が増えることで心臓に負荷がかかって血圧が上がりやすくなる、胎盤をつくる絨毛形成に関与する何らかの因子が引き起こしているなど、いくつかの説があります。ただし、妊娠している人全員に起こるわけではないので、それらの説についてもまだ確定的なことはいえません。
ただし、なりやすい人の条件はいくつかあります。高年齢、肥満、糖尿病、ご家族に高血圧や妊娠高血圧症候群の既往がある方は注意が必要です。
妊娠高血圧症候群の治療方法、 ならないために今からできることは?
妊娠高血圧症候群はごく初期に発生したケースを除き、薬でコントロールしてもあまり意味がないといわれています。妊娠を終了すること、つまり分娩することが一番の治療になります。
週数が早いうちに起こると「赤ちゃんをできるだけ長くお腹の中で育てたいけれど、母体の状態が危険」というジレンマに悩むことがあります。状態が許す限り妊娠を継続し、そこから先は難しいという時は、慎重に判断することになります(村林先生)。
これといった治療がない分、当院では予防に力を入れています。リスクの高い方は不妊治療を始める時点から、運動や食生活、睡眠など生活習慣の改善を指導しています。血圧コントロールでもっとも重要なのは体重を増やしすぎないことと塩分を摂りすぎないこと。食事においては1日6~7gくらいの塩分摂取を目安にしましょう。
また、当院では不妊治療をした患者さんの分娩時のアンケートをとっています。妊娠高血圧症候群についても「どの時期になったか」「重症化したか」など詳細な回答をいただくようにしています。妊娠中に血圧が上がる原因として「着床時、絨毛をつくる過程に問題がある」という説もあるので、着床側、移植胚側の両面から、発症リスクを予測することができないか検討を続けています。さらにデータが蓄積され、リスク因子を特定することができれば、妊娠高血圧症候群の発症を少しでも抑えられることにつなげられるかもしれません。不妊治療を受けた患者さんが、より安全な妊娠・出産を経て、元気な赤ちゃんを迎えてもらうことが私たちの強い願いです(俵先生)。