不妊治療に携わることになった理由や それにかける想いなどをお聞きし、 ドクターの歴史と情熱を紐解きます。
若い頃に出会った 腹腔鏡の技術を生かしながら がん生殖医療の道を開きたい。
受精卵の美しさに魅了され、 志した生殖医療の道。
実は知らない間に 父親の背中を追いかけていました。
生殖医療全般の知識を持つ 優秀な次世代へ
──今年4月から中村先生にクリニックを 引き継がれ、藤野先生は「なかむらレディー スクリニック」顧問として診療をサポートさ れています。中村先生にはどのような想いを 託されたのでしょうか?
藤野先生「私たちが携わる生殖医療の分野は、日々も のすごいスピードで進歩しています。
当初は 腹腔鏡による経腹採卵でスタートした体外受 精も、すぐにより体への負担が少ない経腟採 卵へ。
そのうち顕微授精がごく一般的な治療 となり、ごく最近では遺伝子レベルにまでそ の領域が広がってきています。
そろそろ若い 世代が、生殖医療の現場で活躍してもらうた めに、バトンを渡す適切なタイミングなのか なと。
そこで、彼に白羽の矢を立てたという わけです(笑)。
中村先生は僕が大阪市立大学で体外受精 の実施担当医となった頃、彼が研修医とし て入ってきてくれ、かれこれ 20 年来の付き 合いになります。
大学院の研究室では、当時、 山中伸弥教授の元で薫陶を受け、臨床医と しては腹腔鏡手術の分野で経験を重ねなが ら、ずっと生殖医療の道一筋に頑張ってい るのを見てきました。
受精卵が実際に細胞 分裂していく様子、顕微授精や胚培養の技 術的なことなど、彼は生殖医療のあらゆる プロセスにおいて知識と経験が豊富なことが強みです。
私が最近、気になっているのは、実践的に 生殖医療全般に携わるドクターがだんだんと 少なくなってきていることです。
それが将来 にどのような影響を与えるのか、気になると ころではあるのですが、そういう意味でも中 村先生には大きく期待しています」
知らない間につながった 亡き父と同じ生殖医療の道
──中村先生は藤野クリニックをお手伝い される以前は?
中村先生「大学病院や一般病院に勤務し、体外受精 だけでなく分娩や手術もしていました。
特 に腹腔鏡手術は毎日のようにしていまし た。
子宮内膜症や子宮筋腫といった不妊症 関係の症例が多かったですね。
体外受精は、 胚培養士がいない病院だったので顕微授精 から胚凍結まですべてひとりでしていまし た。
顕微授精に初めて成功した時、そしてそのお子さんを取り上げたときは感動的で した。
手術療法を含めた不妊治療から、妊 娠、出産にいたるまで一貫して携われたこ とは大きな喜びであり医師としての貴重な 財産となっています。」
──中村先生が生殖医療の分野に興味を持 たれたのはいつ頃のことですか?
中村先生「ちょうど研修医の頃ですね。
藤野先生に 見せていただいた受精卵が、まるでお月様 のように美しかったんです。
その頃は顕微授精が脚光を浴び始めた頃で、腹腔鏡もま だ黎明期でした。
若かったので顕微授精や 腹腔鏡のようなテクニカルなことをやって みたくてやってみたくて仕方がなかったん ですね。
今思えばミーハーなんですが……。
もう一つは母校の大阪市立大学の大学院 で、山中伸弥教授の下について論文を書き上 げたことが大きかったと思います。
生殖医療 と再生医療というのは密接に関係し合う不可 分の領域です。
山中教授の元で最先端の分野 に触れ、研究姿勢などを肌身で感じることが できたことは大きな財産となりました」
─そして開業医として新たに出発なさる ことになりました。
中村先生「私はもともと父が産婦人科の開業医でし た。
ただ、どちらかといえば華のない地道な 仕事でして。
研究とか大学病院とか、華やか な場所に憧れていたんですけど、いつの間に か同じ道をたどることになりました(笑)。
父親はお産も取り上げ、また内科の診療 もし、時には盲腸の手術もしてというよう な感じでしたので、結局、専門分野が何だっ たのか、僕には長い間わかりませんでした。
5年ほど前に他界いたしまして、古い写真 を整理していると、昔、学会に出席した際 の写真が出てきたのです。
それがよく見る と日本生殖医学会(旧日本不妊学会)でし た。
さらに下垂体ホルモンの研究で学位を 取得していたこともわかってきて、そのと き初めて『そういうことだったのか!』と、すべてつながった想いがしました。
私にとっては大変意味のある出来 事だったと思います」
がん生殖医療の分野も 歴史を継承してほしい
──藤野先生が長いクリニックの 歴史を振り返って、最も印象に 残っている出来事は?
藤野先生「この十数年で思い出深かったことといえ ば、がん患者の方々の治療で行った卵子の 凍結保存による治療ですね。
特に白血病患 者の方の治療は、化学療法の合間に来られ るので排卵誘発も難しく、本当に自然周期 できめ細かく対応していかないと採卵もま まなりません。
現在まで約200症例をお預かりしてい ますが、一時的に卵巣機能が低下してし まっているような方も多く、内科や外科の 医師から紹介されて来られても、採卵でき ないことも多いなか、妊娠、出産にいたっ たケースも多いです。
白血病だけでなく、 白血球、赤血球、血小板のすべてが減少す る再生不良性貧血などの難病の患者さんも いらっしゃいます。
中村先生には、私の後 をぜひ引き継いでいただいて、このがん生 殖医療という分野を熱心に続けていただき たいですね」
──中村先生はいかがですか?
中村先生「有り難いお言葉です。
白血病の方の症例 数でいえば、藤野先生の尽力があって当院 は日本有数の実績がある施設だと思います。
当院の財産としてしっかりと継承していき たいと考えています。
卵子保存となりますと、当院では一番若 い患者さんが 14 歳です。
その方が結婚され るまでの 10 年、 20 年という長期的なスパン で、クリニックを安定運営しなくてはなりません。
この使命感を大変重く受け止めて いるところです。
卵子保存以外に、卵巣の 組織そのものを採取して凍結保存する卵巣 凍結の動きが始まっています。
腹腔鏡で培っ た経験や技術を組み合わせて、他施設と連 携して対応していきたいですね」