賛否両論で議論される、 今、もっとも話題の 着床前スクリーニング
生殖補助医療最前線 昨年、「着床前スクリーニング」の特別臨床研究の実施計画案を日本産科婦人科学会 が了承しました。
そこで、改めて「着床前診断」とはどのような診断なのか、また生 殖補助医療において「着床前スクリーニング」の特別臨床研究が今後どのように影響 を及ぼしていくのか、ジネコ読者にとって今もっとも関心の高い技術について、セン トマザー産婦人科医院の田中先生にお話を伺いました。
ポイント
●命の選別ではなく、命を守り育む技術
●外国では一般的な不妊検査のひとつ
●受精卵の約7割は子宮に戻せない可能性もある
「着床前スクリーニング」について
「着床前スクリーニング」について、詳しく教えてください。
田中先生 着床前診断には、限定した遺伝子の異常を調べる「着床前診断(PGD)」と、すべての染色体の数の異常を調べる「着床前スクリーニング(PGS)」があります。
前者は、夫婦または片方に重い遺伝疾患があったり、転座など染色体異常で流産を繰り返している場合に限り、日本では約15 年前から行われています。
一方、PGSは体外受精を3回以上失敗、または流産を2回以上経験という条件はあるものの、一般の不妊患者さんに対象を拡大しているのが特徴です。
検査方法は?
田中先生 PGDは 23 対の染色体のうち一部に限って調べていましたが、PGSでは新しく「アレイCG H 法」が導入され、 22 対44 本の常染色体とXYの性染色体 2 本の計 46 本すべてについて調べることが可能になりました。
方法は、体外受精後2〜3日培養し、8分割した受精卵から取り出した細胞の染色体を調べます。
しかし、8細胞期は染色体異常(モザイク)が起きやすい時期で、その時期に調べるとほとんどが染色体異常という場合もあります。
私としては、アレイ法のように全部は調べられませんが、特定の染色体に蛍光色素をつけて調べる「FIS H 法」を推進したい。
モザイクが非常に減っている胚盤胞で検査できるので、より正確に、染色体の異常を調べられると考えています。
PGSの特別臨床研究が了承された背景には、どのようなことが考えられますか?
田中先生 現在、日本では夫婦の6組に1組が何らかの不妊治療を受けており、体外受精を受ける女性の平均年齢は 39 歳。
年々高齢化が進んでいるのは明らかで、それと同時に、流産率や胎児の先天性の遺伝異常率が高くなっているのも現実です。
流産の原因は染色体の数の異常が大半で、 35 歳以上になれば1歳加齢するごとに流産率が高まります。
PGSなら正常な受精卵だけを子宮に戻すことが可能になり、流産率が下がると期待されています。
しかし、制限なくすべての染色体を調べると、先天性異常をもつ受精卵を排除することにつながり、命の“選別”そして“操作”につながるのではないかという、倫理的な問題も議論されています。
2013年4月からは、胎児の染色体異常を母親の血液で調べる「新型出生前診断」の臨床研究が行われています。
これにも賛否両論ありましたが、時代も後押しして了承されました。
PGSに関しても、胎児は調べられるのに受精卵の段階で調べられないのはなぜか、という声が不妊治療の医療機関から多く出たことが後押ししたと言えるでしょう。
海外との差
患者さんの選択肢が広がったと考えられますか?
田中先生 逆説的に言えば、今のような論理が通っているのは日本だけです。
たとえば、外国で着床前診断等を行わず、生まれてきた子どもに先天性遺伝疾患があったとします。
すると「調べる技術があるのに、なぜ教えなかったのか」と患者さんから訴えられます。
現在の日本は、国際的に見た場合、平常化しただけと捉えらえるのではないでしょうか。
ただし、前述した倫理問題など課題も残っており、検査できる施設を限定するなど、国内ではまだハードルを高くしている印象はあります。
日本と外国の認識の違いについて、もう少し詳しく教えてください。
田中先生 日本でPGSを希望するのは基本的に高齢の女性です。
6〜7割の確率で起こる、年齢が起因する流産を防ぐために、染色体の数の異常を調べたいというのが主。
反対に、外国では出生率を上げることを重視しているため、検査を受けるのは基本的に若い女性です。
体外受精後、染色体の数の異常を見分け、戻す際に質の良いものだけを戻して早く妊娠したい。
ある意味でPGSは受精卵のグレードチェックと捉えているともいえます。
外国では、若い女性が出生率を上げるために受ける。日本は高齢の女性が流産率を下げるために受ける。
日本と外国では、認識にここまで大きなズレがあるのです。
命の選別なのか?
ウェブ「ジネコ」内で意見を募ると「PGSに賛成」という声が圧倒的でした。肯定派がいる一方、命の選別につながりかねないという声。先生はどう思われますか?
田中先生 現在の日本でPGSを希望するのは、女性が高齢の場合ですから、流産を何度も経験していたり、治療が長期にわたっていたりしているでしょう。
「二度と流産したくない」。
「絶望的な思いをするくらいなら、妊娠したくない」というトラウマを抱えている患者さんが、PGSを希望するのは自然の流れです。
ただし、知っておかなければならないのは、PGSをしたからといっても妊娠率が必ずしも上がるわけではありません。
着床する可能性の高い受精卵を選んで戻すため流産率は下がりますが、女性の年齢の高さから、戻せる受精卵がない可能性も実は高いのです。
1回の検査で高額の費用がかかるばかりか、7割程度が戻せないという可能性があるということを、きちんと自覚しておいていただきたい。
生殖補助医療の中で、PGSは今度どのような位置付けになると予想されますか?
田中先生 現在は特別臨床研究の段階ですから、実施施設を限定して、3年間で300症例の医学的効果を検証し、これは有用だとなれば、そのうえでさらに倫理問題などを議論する、という流れで進んでいきます。
PGSは、自分のもっている複数の卵子・精子の中からもっとも着床率が高いものを体外受精させ、我が子を抱ける可能性を高めるための技術です。
“命の選別”ではなく、“救えるべき命を守り育むための技術”だということを、しっかり理解してもらえれば問題はないはずです。
すべての患者さんが受けたい治療を受け、望む治療ができるようになることを願っています。
●着床前スクリーニングの検査方法
アレイCGH法
23対46本ある染色体すべての先 天性遺伝を網羅的に調べられる。費 用は受精卵1〜5個の検査で12 万〜40万円ほど。
FISH法
胚を取り出し、特定の染色体を蛍 光色素で染色して異常を識別する 検査法。費用は個数により5〜 10万円ほど。