ドクターが語る最新トピックス Vol.3生殖補助医療最前線
生殖医療の進歩により、絶対不妊と診断されたご夫婦でも 自分たちの遺伝子をもつ子どもを授かることが可能になりました。
今回は、男性不妊の中でも比較的多い疾患「クラインフェルター症候群」の 男性の精子または精子細胞を用いた生殖医療の治療と、 生まれてくる子どもに染色体異常が遺伝するリスクについて セントマザー産婦人科医院の院長・田中温先生に伺いました。
最新Topics
1.クラインフェルター症候群は子どもに遺伝しない
2.精子または精子細胞を用いて、自分の遺伝子を持つ子どもを望める
3.精子を凍結することで夫婦の体と心の負担を軽減
クラインフェルター症候群 とは?
まず、無精子症には、閉塞性と非閉塞性があります。「クラインフェルター症候群」は非閉塞性無精子症の典型的な病気で、男性の染色体のXが通常より1つ以上多い( XXY )、染色 体異常です。男性の800~900人に1人の割合で、100人に1人とされる無精子症の1割が、これに当たります。
原因は遺伝ではなく、遺伝子の突 然変異です。精子と卵子は、合体して初めて一人前になる細胞ですから、他の細胞と違って染色体は半分しかありません(図1参照)。
これが半数以上あれば異常であり、染色体検査でわかります(写真1参照)。
クラインフェルター症候群の男性 の主な特徴は、高身長で細身、睾丸が親指大ほどと小さく、精子が極端に少ないことです。
男性ホルモンが少なく、中性的な雰囲気であることも挙げられます。
本人にも自覚がある場合が多く「、自分には子どもができないのでは」という漠然とした不安を抱えているケースがあります。
絶対不妊と不妊治療
クラインフェルター症候群と診断された場合、多くのクリニックでは「絶対不妊ですから、子どもは諦めてください」と告げているのが現状です。
精子がいなければ、ほぼ100%子どもを望むことは無理で、仮に精子がいても、染色体異常のある男性の精子を用いる際には、染色体異常が子どもに遺伝する確率が高いということを、治療前に患者さんに伝えることが義務付けられています。
しかし、遺伝による染色体異常の発生率を示すデータはなく、実際のところは不明なのです。
そこで当院では、クラインフェル ター症候群の患者さんの睾丸から細胞を採取し、データを集めました。
すると、減数分裂を起こす前の細胞では2~3割の確率で染色体異常が確認されましたが、減数分裂を終えた細胞はすべて正常でした。
精子は減数分裂後の細胞ですから(図1参照)、この考えに基づくと、結論は「 99 %の確率で染色体異常は遺伝しない」ということになります。
親に染色体異常があっても、子どもに遺伝する可能性はゼロではないにしても高くなることはないのです。
非モザイク型でも正常な 精子があるケースも
クラインフェルター症候群には「モザイク型」と「非モザイク型」があります。
クラインフェルター症候群はXが1つ以上多い 47XXY ですが、モ ザイク型は、正常な 47XY の部分が混 ざっている場合があります。
その場合は精子が存在し、通常の射精した精子を用いた顕微授精で子どもを授かれる可能性が高いので、あまり問題にはなりません。
一方、非モザイク型は、単純に精 子がいないと考えられがちですが、非モザイク型のクラインフェルター症候群でも、精子や精子細胞が見つかる場合があります。
精子がまったくいない場合は別ですが、わずかでも精子や精子細胞があれば、モザイク型と同様に正常な部分があるということです。
これは「非モザイク型だが、精巣の中はモザイク型である」ということになります。
モザイク状に残っている正常な部 分から採取できた精子または精子細胞は正常であり、生まれてくる子どもにも異常はない。
そして、精巣は非常に小さいですが、実は男性不妊の中で成功率が一番高いということを、私は研究結果から確証しています。
クラインフェルター症候群と診断された方には「ご主人、よかったね、子どものことも心配しなくていいよ」と声を大にして伝えています。
世界初、未成熟の精子で 体外受精に成功
当院では、2005年にクラインフェルター症候群の患者さんの後期精子細胞を用いた体外受精に成功しました。
未成熟の精子を用いたケースは、世界初でした。
本誌秋号でもご説明した通り、精 子細胞は精子と同レベルの能力を備えていますから、クラインフェルター症候群に限らず、無精子症の場合は後期精子細胞を用いることが多いのです。
現在までに国内で約100人の子どもが誕生し、当院ではその約半数が、主に凍結保存した精子細胞を用いた治療で生まれています。
一般的には、奥さんの採卵とご主 人の精巣生検は同時に行われますが、仮に精子もしくは精子細胞が採れない場合、採卵した卵子は無駄になってしまいます。
未成熟の卵子を凍結しても妊娠率が非常に低いため、これはおすすめできません。
そのため、当院では必ずご主人の検査を先に行い、精子を採取できたら凍結。
そして、奥さんの排卵周期にあわせて融解し、顕微授精する流れで行います。
社会的な問題として 追跡調査を
この治療には、追跡調査が必要だと私は考えています。しかし、順調に妊娠まで辿り着いても、ほとんどの患者さんが染色体検査や羊水検査を拒まれます。
それまで「子どもに遺伝する」と言われてきたため、「もしも」という不安を拭えないのです。
100%大丈夫とは言えませんが、当院でこれまでに検査を受けられた方々はすべて問題ありませんでした。
現在も「将来、同じ症例で悩むご夫婦のためにも協力してほしい」と検査をお願いしており、生まれたお子さんの追跡調査も本格的に行っていきます。
「クラインフェルター症候群だから諦めてと言われた」。
「子どもに自分と同じ思いをさせるくらいなら、第三者の精子で……」。
「女の子の場合でも染色体異常が遺伝すると聞いた」。
「……だから調べたくない」。
そういった話を患者さんからたくさん聞きます。
「自分が子どもを望むと、その子に迷惑がかかる。自分は子どもをつくるべきではない」と。
私は、その恐怖感を取り除きたい。
クラインフェルター症候群でも子どもができるということを啓蒙すると同時に、「子どもに迷惑をかける」という思いを払拭したいのです。
今後は医学的な問題にとどまらず、社会的問題として慎重にデータを集め、時期を見て発表しようと考えています。「ご自分の精子で子どもを望んでください」と自信を持って言いたいというのが私の思いです。