情熱のカルテ~吉田仁秋先生

不妊治療に携わることになった理由や それにかける想いなどをお聞きし、 ドクターの歴史と情熱を紐解きます。

吉田レディースクリニックARTセンター吉田仁秋先生

東日本大震災を機に 命を育む、守る使命感が より強くなりました

視野を広げてくれた マイアミ大学への留学

――現在、東北地方において、不妊治療、産科のリーディング・ホスピタルの長としてご活躍されていますが、吉田先生にとって生殖医療は若い頃からの夢だったのでしょうか。

吉田先生「実は僕は、学生の頃はジャーナリストになりたいという夢を抱いていたんですよ。

当時、NHKで『海外特派員報告』というような番組がありました。

外国に駐在する特派員が世界中で起こっている戦争やビジネスのニュースをレポートするのですが、それを見て″世界で活躍するってすごいな、僕もこういう仕事をしたいな ″ と思っていました。

ジャーナリズムを学べる大学も受験して合格したのですが、親父にえらく怒られて……(笑)。

最終的には、親父と同じ医学の道に進むことになりました。

でも、学んでみると医学はとても奥深く、面白い。

さまざまな科で学び、産婦人科を選ぶことを決意したのですが、それはほかの科にない魅力があったからです。

医療のほとんどは命を救うことが使命ですが、産婦人科は命の誕生に関わることができる。

まだ医学生の頃、初めてお産に立ち会った時に生まれてきた赤ちゃんの顔を見て、とても感動したのを覚えています」

――その後、産科、そして不妊治療と、生殖医療の道に進まれることになりましたが、そのなかで大きな転機となった出来事はありますか?

吉田先生「一つは、米国マイアミ大学への2年間(1991~1992年)の留学です。

妻とまだ幼い子どもたちを連れて、慣れない外国で暮らすことの大変さやハリケーンなどの災害を経験。

周囲の人たちの温かいサポートを受けながら、海外暮らしを経験したことは、人生のうえでも本当に勉強になりました。

また、現地ではラボディレクターとして研修し、ある程度の英会話もこなせるように。

現在の国際会議での講演も、この経験があればこそ。

自分のIVFへの考え方の基準は東北大学産婦人科であることはもちろんですが、国際的な考え方の基準は、マイアミ大学で培われたものだと思っています。

そして、もう一つの転機は、東北大学の農学部動物生殖学科の佐藤英明教授との出会いです。

佐藤教授は、卵子の成熟に関する世界的権威のある方で、僕や当院の胚培養士も同科の研究室で勉強させていただきました。

この研究経験のおかげで、新しい治療法・IVM(未成熟卵体外成熟培養法)について国際会議で発表することができ、海外より講演の依頼も来るようになりました。

現在もIVMとミトコンドリアの研究を継続しており、これが妊娠を望む患者さんの新たな可能性につながると考え、日夜頑張っています」

言葉も出なかった 震災の悲惨な現実

――日本、そして東北にとって忘れられない日が2011年3月 11 日。東日本大震災も、吉田先生、クリニックにとって大きな転機になったのではないでしょうか。

吉田先生「もちろんです。当院は震災による大きなダメージは受けなかったのですが、患者さんやスタッフのなかには被災された方もたくさんいらっしゃいます。

震災翌日のことですが″、おっぱいを止めてください ″ と泣きながら当院に駆け込んできた方がいました。

その方は東松島で観光している時に津波に遭遇して、まだ生後半年の赤ちゃんを流されてしまって……。

また、奥さまと赤ちゃん、家もすべて津波に流され、遺影用の写真はないかと当院を訪ねて、赤ちゃんの超音波写真を持っていかれたご主人も……。

そのような悲惨な光景を目にして、言葉もありませんでした。

苦しみながらも、今、自分はどうしたらいいか、必死に問いかけ、出た答えが、自分にできることを一生懸命やる、ということでした。

何があっても東北のこの地で頑張って、全身全霊でエネルギーを注ぎ、必ず復興を果たす。

それが残された者の使命だと思ったんです。

僕だけではなく、スタッフもみな同じ気持ち。

命の尊さや絆の大切さを身をもって体験した東日本大震災を機に、治療においてもより使命感が強くなりました」

――吉田先生は今年の9月に 60 歳になられたとのこと。還暦という節目を迎えられたわけですが、これからの展望や夢は?

吉田先生「本来であれば、ある程度の時期になればお産はやめる、という先生方が多いと思います。

産科も併任するというのは、体力的にも時間的にもとてもきついことなんです。

やめてしまえば体が楽になって、もっとプライベートにも時間が割けると思うのですが、僕は体力がある限りは続けていきたい。

それは、不妊治療に関わったのであれば、元気な赤ちゃんを産むその時まで見届けたい、という信念があるからです。

不妊治療は妊娠して終わりではなく、元気な赤ちゃんを産んで健康に育んでいくことが最終ゴールです。

そのためには何をすべきか。当院では1日でも早くそのゴールに到達するために、通常の不妊治療のほか、腹腔鏡や無精子症の手術、IVM、不育症治療など、さまざまな治療の選択肢をご用意しています。

その患者さんのどこに問題があるかを正確に究明し、原因に合った的確な治療を提供できるのが当院の最大の特徴です。

今後もそれを続けていくために、より優秀なスタッフを増やし、施設の拡充も考えています。

いつか僕がいなくなっても、永続できる施設に。患者さんの孫の代まで利用していただける施設になるよう、後進の育成にも励んでいきたいと思っています」

 

吉田 仁秋 先生 獨協医科大学卒業。東北大学医学部 産婦人科学教室入局、不妊・体外受精 チーム研究室へ。米国マイアミ大学留 学後、竹田総合病院産婦人科部長、東 北公済病院医長を経て、吉田レディース クリニック開設。
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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。