重度の乏精子症ながら顕微授精でなんとか育った2個の胚盤胞。 微妙なグレードの胚でも、妊娠する方法はあるのでしょうか。 クリニックママの古井先生にお話を聞きました。
【医師監修】古井 憲司 先生 1986 年日本医科大学卒業。1986 年医師国家試験合格。1年間 の研修医を経て、1987年名古屋大学産婦人科学教室入局。名古 屋大学産婦人科では文部教官を務める。さらにその後、大垣市民病 院産婦人科医長を経て、1998 年クリニックママを開院。クリニッ ク3 階にあるレストランでは、専属栄養士が栄養バランスをチェック し、有名ホテルで修業を積んだシェフによる四季折々の食事やカフェ メニューも用意する。
ドクターアドバイス
グレードが良好な胚盤胞ができた場合、 さらに妊娠率を高めるためには、 何が重要だと思われますか?
しょうこさん(27歳)からの投稿 Q.重度の乏精子症で顕微授精を試み、5個採卵、5個受精。その後、胚盤胞まで育てて結果 2個。受精できたということは、精子に受精能力があったということですよね? しかし、 受精までしても分割しなかった3個については、卵の質に問題があったのでしょうか? ま た、2個の胚盤胞はグレード「4BB」、「3BB」で、医師は微妙な反応。胚盤胞までなった という生命力を信じたい思いですが、妊娠に至るには、やはりグレードが関係ありますか?
しょうこさん のデータ
★検査・治療歴 内診では子宮も卵巣もきれい。血液検査では正常数値だが、 腺筋症であろうと診断されるが特に治療はしていない。 毎月タイミングをはかるも、ヒューナー検査で精子が見当たらず、 精液1滴中に数匹しか元気な精子がいない重度の乏精子症と診断。 泌尿器科にかかるも精巣など問題なしの原因不明で、 こちらも特に治療はしていない。
★現在の治療方針 排卵誘発剤、アンタゴニスト法で顕微授精。 現在、誘発剤で卵巣が腫れぎみになり、 ※ 卵巣過剰刺激症候群の疑いのため、胚盤胞2個は凍結中。
★精子データ 乏精子症
顕微鏡下の胚盤胞のちから
この方は、ご主人が重度の乏精子症のため、最初から顕微授精でスタートしています。そんななか、採卵した卵子がすべて受精したということと、それでも半分は胚盤胞まで育たなかったということに、複雑な思いを抱いている様子です。
古井先生 顕微授精をしたから受精したわけであって、この精子は自力で受精する能力があったとは言えません。
また、胚盤胞までいかなかった3個については、受精卵に染色体異常などの問題があって卵割が途中で止まった可能性などが考えられますが、その原因が卵子側の問題なのか、顕微授精で入れた精子側の問題なのか、それはわかりません。
さらに胚盤胞まで育った受精卵でも、その先で止まってしまうこともあります。
医師は、受精をさせることはできますが、受精卵がその先どこまで発育していくかは、我々にもわかりません。
そういった意味では、しょうこさんの言う〝胚盤胞にまでなった、その生命力を信じたい〟というお気持ちは間違っていないし、その通りだと思います。
胚のグレードについて
胚盤胞のグレードについては、どう思われますか?
古井先生 グレードの判断には、現在、ガードナー分類が一般的に使われていて、「AA」ランクというのが一番よいといわれています。
最初のアルファベットは内部細胞塊(赤ちゃんになる部分)の評価を表し、Aが一番よく、次いでB、Cとなります。
後ろのアルファベットは栄養外胚葉(胎盤になる部分)の評価で、これもAが一番良く、次いでB、C。
ですから、「AB」とか「AC」、「BC」という組み合わせなどがあります。
また、アルファベットの前の「3」とか「4」という数字は、1~6までの数字で卵の大きさやハッチングを評価し、数が大きいほど成長が進んでいることを示します。
しょうこさんの相談には「4BB」、「3BB」は微妙とありますが、そのクリニックがどの程度の厳格さで胚の評価をしているかも重要だと思います。
たとえば当院では、当院オリジナルの分割期胚の評価方法も取り入れて厳しく判断していますが、当院で「BB」ランク以上の胚盤胞と判断された場合なら 50 %以上の確率で妊娠していきますし、「CC」でも確率は下がりますが妊娠はします。
また、最高ランクの「AA」であっても、その中の 10 ~ 20 %は必ずしも着床するわけではありません。
また、着床したとしても、途中で流産する可能性もあります。
グレードは、今現在の受精卵の成長度合の目安です。
しかし、どのグレードの受精卵にも、一定の頻度で染色体異常のものが含まれている可能性がありますし、形態的に良好な胚であっても高齢になるほど染色体異常の確率は増加します。
つまり、グレードは妊娠率を予測する重要な因子ではありますが、同じグレードの胚盤胞であっても年齢によって大きく左右されることは、患者さんも知っておいたほうがいいと思います。
胚移植へこだわる
では、グレードの良い受精卵ができた場合、他に何かできることはありませんか?
古井先生 私は、最後の手技である〝胚移植〟が重要だと考えています。
いくらうまく受精し、培養し、胚盤胞まで育てても、最後の胚移植で子宮の適切な場所にきちんと戻さないと着床しないわけですから、胚移植の手技というのは非常に大切だと思っています。
胚移植は、現在、お腹から超音波を当てて子宮の中を見る「経腹超音波ガイド下」で行うのが一般的で、80 %以上の施設で行われていますが、当院では ’07 年以降、腟から超音波を入れる「経腟超音波ガイド下」で行っています。
これによって、子宮の中がクリアに見え、ピンポイントに子宮内の適切な位置に胚移植が可能になり、実際、着床率も、当院比で 10 %以上、高くなっています。
実際、融解胚移植では現在当院の妊娠率は 50 ~ 55 %を維持しています。
患者さんにとって、やはり一番重要なのは結果です。
妊娠反応で陽性が出ることだけではなく、自分の赤ちゃんを抱いて家に帰る。
そこで治療はようやく終結だと私は思っています。
そのためには、我々医師も新しい治療法や考え方を柔軟に取り入れ、少しでも妊娠率を高めていきたいと考えております。
※乏精子症:精液中の精子の濃度が低い状態のこと。
※ヒューナー検査:性交後、子宮頸管粘液を採取して、精子や頸管粘液の状態から子宮頸管粘液内を精子が通過できるかを調べる検査。
※アンタゴニス ト法:ある程度まで卵子が成長したところで、GnRHアンタゴニストという薬剤を注射し、卵巣を刺激する方法。GnRHアンタゴニスト製剤は黄体形成ホルモンの分泌を抑制する働きを持ち、採卵前に排卵して しまうことを防ぐ。ショート法やロング法での点鼻薬の代わりにGnRHアンタゴニスト製剤を用いる。
※卵巣過剰刺激症候群(OHSS):排卵誘発法により多数の卵胞が発育・排卵することで、卵巣が腫れる、 腹水や胸水がたまる、血液の電解質バランス異常、血液の濃縮などの症状をみせるもの。