ふたりのカタチ(4)

ふたりの“これから”のカタチ

2度にわたる子宮内膜症の手術の後、パニック障害の発作と闘いながら続けた体外受精。

そして2010年10月、二人の子どもを授かることなく10年間にわたる治療を終えたzumiさんとkenさん夫婦。

二人で多くの試練を乗り越えた今、偽りのない気持ちと、二人のこれからの未来が見えてきました。

ようやく自分のことに興味が向き始めて

広島市内のとあるレストランにて。本連載の最終回にあたり、治療を終えて1年ほど経った現在の気持ちをお聞きするため、取材スタッフはおよそ8カ月ぶりにzumiさんに再会しました。すると、一目でわかるほど、以前よりもすっきりとした表情で、顔色や肌の調子もいい様子。

それに、少し痩せました?「はい。ダイエットで5㎏ほど痩せました! 先日、治療のことを知っている学生時代の友人と会った時も、『あれ? 元気そうで安心したよ』と言われて。私、元気になってるんだ!と感じて嬉しかったですね」

女性なら誰もがうらやましくなるその変化について、「きっと自分に目を向けられるようになったからです」とzumiさんは言います。好きなスイーツやたまのお酒は禁止せず、食べ過ぎに気を付けた無理のないダイエットを実行。治療をきっかけに始めた漢方薬や鍼灸も、今は美容や健康のために取り入れているそう。

きれいに健康的に痩せて何より嬉しかったのは、ご主人のkenさんが喜んでくれたこと。着たいものを着て、おしゃれを楽しむ余裕も生まれました。

「治療中は、いつも“やりたいことを探している”状態でした。でも今は自然に、やりたいことをやりたいところから始められている感じ。あの頃は楽しみを見つけるために、逆にストレスを溜め込んでいたんだなぁって、つくづく思います」と冷静に語るzumiさん。

そういえば、8カ月前の取材の時、治療を諦めた直後の彼女は、どこか無理をして気持ちを納得させようとしている様子でした。もちろん、そうせずにはいられない時期だったのでしょうが、不妊治療をしていた当時のことを話していただいた時の「乗り越えられない壁を二人で何度もよじ登っていたような気がする」という言葉には、当時のzumiさんの心の葛藤が表れていたように思います。

乗り越えてきた試練が二人の強い絆になった!

zumiさんの2度にわたる子宮内膜症の手術に始まった不妊治療の期間は、実に10年。その間、ご主人のkenさんは、いつも彼女の隣で励まし続けてくれました。特に、zumiさんがパニック障害の発作に悩まされるようになってからは、kenさんの支えが何ものにも代え難いものに。

しかし、kenさんが仕事で大きな壁に直面し、zumiさんも支える側になったといいます。「彼は今年の春から責任のある立場になり、最初の3カ月は特に、今まで経験のない大きなストレスを抱えていました。彼が大変な時に、私だけが甘えているわけにいかないって思いました。それと同時に、私が発作で一番しんどい時、彼が早く帰ってきてくれていたことや、行き場のない感情をぶつけて困らせたことなど、支えてくれた日々のことをいっぱいいっぱい思い出して。あらためて、目が開かれる思いでした。今まで彼のこと、見えていたようで何も見えていなかった」

一番心配だったのは、仕事のストレスで、kenさんが精神的にどんどん参っていってしまったこと。「疲れきって無表情に帰宅する彼を見ると、このまま壊れちゃったらどうしよう??と不安になったこともありましたが、今度は私が彼に寄り添い、支える番ですから」

仕事や接待、付き合いでお酒を飲み、深夜に帰宅するkenさんのために、どんなに夜遅くても会社のそばまで車で迎えに行っているそう。以前は一人で車や電車に乗るだけでパニック障害の発作を起こしていた彼女を思えば、「お酒を飲むのも仕事のうちですからねー」と明るく笑う今の姿が頼もしくもあります。

今年の夏は二人で、野球のナイター観戦や、3泊4日の家族旅行など、さまざまなイベントにも積極的にチャレンジ。時間を決めて外出すること、車移動、大人数、大歓声など、今まで発作を恐れて敬遠していたことを、少しずつクリアできるようになりました。毎年、梅雨時期はめまいや過呼吸に悩まされるそうですが、日常生活に支障をきたすような発作はもう起こらなくなったとのこと。「今は少しずつ、できることを増やしていきたいなと思っています」

見えてきた、いろいろなことそして、二人のこれから

kenさんは海外駐在となる可能性もある転勤族ですが、以前は家を購入したいと考えていると話していたお二人。zumiさんの故郷でもある広島に家を構え、zumiさんが家を守り、kenさんの退職までに地元との関係を築いて、kenさんが安心して過ごせる居場所を作っておきたいと語っていました。その後、どうなったのでしょう?

「実際に家を探している時はすごく楽しかったのですが、やがて私たち二人には必要ないかも、と思うようになりました。結局、一般的な幸せに自分たちを当てはめようとしていただけなのかなと。いろいろ考えていったら、やっぱり私たち、別々に離れて生活するのは嫌だったんだと、そんな簡単なことに気が付いてスッキリしたんです。家族は一緒にいる時間を大切にしたほうがいいんだと思いました」

今春、かわいい甥っ子のいる姉一家が越してきたこともあり、zumiさんの環境や将来に対する考え方もどんどん変化しているそう。子どもは大好きだけれど、今はもう、赤ちゃんを見てつらくなったり、以前のように治療のつらい記憶に引き戻される感覚はなくなったといいます。

治療を振り返って、今、どのような思いがあるのでしょう。少し考えた後、彼女はきっぱり答えました。

「不妊治療をしてよかったと、今、純粋に、心から思います」

「これを最後のチャレンジに」と覚悟を決めたうえで専門クリニックへと転院し、“最後の治療”を経験したzumiさん。チャレンジすることなく治療を終えていたら、必ず未練が残るはず。病院や医師や検査結果のせいにすることなく、自分自身の体と心に向き合うことで、最後まで治療を進めてきた、彼女らしい答えでした。

そして、zumiさんの隣には変わらず、共に試練を乗り越え、家族の絆を深めてきたkenさんがいます。

「お家のことは、その時の二人に合ったところに住めばいい。将来のことは、その時その時で、二人で一緒に考えていけばいいんだと思っています。今日も取材を受けてよかった。これで晴れて卒業できるような気がします。今後は私たち二人の“これから”がとても楽しみなんです」(完)

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