ふたりのカタチ(2)

ふたりの選んだ新たな道

重度の子宮内膜症を2度の手術で克服し、パニック障害の症状とも向き合いながらいよいよ積極的な不妊治療である体外受精をスタートさせたzumiさん。

さまざまな困難を乗り越えることでふたりの絆が強くなっていくのを感じ始めます。

手術を受けた大学病院で体外受精の治療を開始

「実は、体外受精へ進む前が一番しんどい時期でした。都内の大学病院で、初めて子宮内膜症の苦しみをわかってくださる先生にお会いし、手術を受けたことが転機となりました。先生にお会いできていなかったら、私は今でも病院を転々とさまよっていたでしょう。不妊治療もしていなかったと思います」

新鮮胚移植3回、凍結胚移植5回。その大学病院で計8回の胚移植を行ったzumiさんですが、意外にも副作用のある排卵誘発や痛みをともなう採卵より、子宮内膜症に苦しんだ時期のほうが心身ともにつらかったといいます。内膜組織が腸管にまで達し、腹痛のために救急搬送され、入退院をくり返す日々。「赤ちゃんのママになる」という幼い頃からの夢は遠のき、子宮内膜症に理解のない多くの医師の言葉が、彼女の心を頑なにしていました。

手術を担当した大学病院の主治医によって行われた初めての採卵・胚移植は2005年9月。これが、現実の夢に向かって歩み始めた記念すべき第一歩だったからでしょうか。不安を抱えながらも、zumiさんの気持ちはどこか晴れやかでした。

初めての体外受精は、漢方周期療法で2個の採卵に成功。1個は核が3つある異常受精だったので、もう1個を3日目に胚移植したところ、まさかの陽性反応!しかし、この妊娠は稽留流産に終わります。

「1回目で妊娠しちゃったんです(笑)。様子がわからないまま妊娠、そして流産してしまって……。最初はもっとラクに考えていたのに。でも、1カ月の短い時間ではありましたが、母になれたことにはとても感謝しています」

2度にわたる腹腔鏡下手術の結果、zumiさんの左の卵巣は、最低限の卵巣機能を残してほとんど切除。左の卵管の周囲には癒着があり、ほぼ閉塞という状態でした。

子宮内膜症の症状が一段落したことを機に始めた不妊治療でしたが、もう猶予がありません。なぜなら、最初に「妊娠・出産を考えているなら35歳が限界です」と診断されていたからです。zumiさんの術後の卵巣、卵管の状態では、体外受精による治療でしか妊娠は難しい。ここからが妊娠に向けた本当の治療のスタートでした。zumiさんは33歳になっていました。

夫の転勤を機に専門クリニックへ転院

2008年夏。5回目の凍結胚移植の結果がマイナス判定に終わってしまった頃、ご主人のkenさんの、千葉から広島への転勤が決まりました。実は、現在も二人が生活している広島は、zumiさんの生まれ故郷なのでした。

zumiさん36歳。医師から伝えられていたタイムリミットからすでに1年過ぎていましたが、慣れ親しんだ広島の地なら、心機一転、落ち着きを取り戻して、また新たな気持ちで治療と向き合えそう。そんな想いがzumiさんの胸にありました。

7年間お世話になった東京の大学病院の先生が、信頼の置ける後輩の婦人科医と、著名な体外受精専門クリニックへの紹介状を書いてくれたことにも励まされました。お世話になった病院や先生と別れるのはつらかったけれど、この2つの紹介状の“お守り”がどれだけ心強かったことか。

そして広島に転居後、zumiさんとkenさんは体外受精専門クリニックの門を叩きました。初診当日、zumiさんは不思議なほど冷静な気持ちで、新しい医師の言葉を受け止めることができたといいます。

「どういう薬を使って、どういう展開になるのか。その時の初診で院長先生から、考えられるすべてのことを教えていただきました。子宮内膜症の治療歴からみても、もう時間がないこと、そして治療が最終的にどうなっていくのかを、本当に最後の最後まで話してくださいました。心の中で“エンディング付きだ!”とビックリしたほどでした(笑)。帰りに食事したイタリアンレストランで、主人にもそのことを報告しました」

実は、もう一つの不妊治療専門クリニックも転院先の候補に挙げていたzumiさん。kenさんもその時のことはよく覚えていました。

「ズバリ、はっきり言ってくれるんだなぁと思いました。治療には初めもあるし、終わりもあるのだと。それで二人で、“その先生でいいんじゃない?”“そうだね、決まり!”って感じでした」

東京の主治医から“ 35歳まで”というタイムリミットをあらかじめ聞かされていたこともよかったとzumiさんは振り返ります。「後悔はしたくなかったけれど、治療に区切りを付けられました。もしあの時言われてなかったらと思うと、怖いです」

卵管水腫の診断 体外受精でも妊娠できない

一方、zumiさんにはずっと気になっている症状がありました。それは、ここ数年で水っぽいおりものが増えたこと。東京で体外受精を始めた頃から“卵管水腫の疑いあり”と診断されていたのですが、当時はそれらしき病変は見つからず、自覚症状もなし。様子をみながら体外受精を続けていましたが、やはり気になり、広島で体外受精の治療に入る前に、東京の主治医に紹介された県外の婦人科で診てもらうことにしました。

すると、やはり嫌な予感は的中。水がたまって水風船のように腫れあがった状態の卵管をエコーで見た時には、さすがに落ち込みました。子宮内にも逆流して水がたまり、このままの状態では胚移植、すなわち体外受精もままならないという診断でした。

2度の子宮内膜症の手術を経て、臓器間の癒着がひどく、卵管は両方ともほとんど閉塞している状態。自然妊娠や人工授精による妊娠が難しいのは重々わかっているつもりでしたが、体外受精も難しいってどういうこと? また新たな分厚い壁にぶち当たってしまった気分でした。3度目の手術となるとさらにリスクも多く、落ち着いたら再開したいと考えていた不妊治療も、二の足を踏む状態に……。

でも、ここで背中を押してくれたのは、ご主人のkenさんでした。当時の二人の会話がzumiさんのブログに残っています。「あれからずっと考えていたんだけど、こんなことで不妊治療をやめちゃっていいの?(中略)卵管水腫のことを“こんなこと”って言ってごめんね。でもね。これまで10年。子宮内膜症のことも不妊治療も、いっぱいいっぱい頑張ってきたよね。だから、zumiがもう頑張れない、頑張りたくないっていうのなら、治療をやめよう」

zumiさんはkenさんの温かい言葉に思い切り泣きました。
「ここで諦めたら後悔する!」(つづく)

ふたりのカタチの最新記事

>全記事がドクター編集!

全記事がドクター編集!

不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。