着床不全や反復流産。受精卵に問題がなければ子宮内環境の検査を

【医師監修】神谷レディースクリニック 岩見 菜々子 先生
札幌医科大学卒業。2014 年より神谷レディースクリニック勤務。日本生殖医学会生殖医療専門医。日本産科婦人科学会認定専門医。日本抗加齢医学会専門医。

受精卵の着床、成長に重要な子宮内環境に着目

岩見先生●言うまでもなく、子宮内は受精卵が着床し、成長する大切な場所です。その環境は細菌叢(フローラ)にも左右されると考えられるため、当院では難治性不妊、原因不明不妊の患者さんに「子宮内膜マイクロバイオーム検査(EMMA/エマ)」「感染性慢性子宮内膜炎検査(ALICE/アリス)」を推奨しています。たとえば、良い受精卵を子宮に戻してもなかなか着床しない反復着床不全、原因不明の反復流産、また、ほかの検査で慢性子宮内膜炎が疑われる所見などがあった患者さんです。
子宮内にはさまざまな細菌が存在します。その中には妊娠に関与する善玉菌も悪玉菌もあります。EMMAは子宮内に存在する細菌を調べる検査で、妊娠をサポートする善玉菌である乳酸菌のラクトバチルスが十分存在しているか、逆にラクトバチルスの定着を妨げる悪玉菌がどの程
度いるのかを把握できます。同時に解析されるALICEでは、慢性子宮内膜炎と関連する10種類の原因菌について調べることができます。
検査は排卵後の黄体期に行います。子宮に細いチューブを挿入して内膜の一部を採取するだけ、およそ1分間ですみますが、多少の痛みを伴うこともあるので痛み止めを使用することもあります。採取した子宮内膜組織は検査機関に送り、約2~3週間後に結果がわかります。
EMMA&ALICEは先進医療に認定された保険外の検査ですが、助成金対象としている自治体も多いですし、患者さんが任意で加入している医療保険の先進特約でカバーされることもあります。先進医療は慢性子宮内膜炎を疑う場合み受けることができますので、体外受精を行っている患者さんに限らず、子宮鏡検査などほかの検査にて慢性子宮内膜炎が疑われた場合に、抗菌薬の選択を目的として検査を行うことをおすすめすることもあります。

アップデートでさらに的を絞った治療が可能に

岩見先生●当院では2018年からEMMA&ALICEを導入していますが、検査結果に基づいてラクトバチルス優位の子宮内環境を目指すことで着床率・妊娠継続率の向上につなげることができています。
さらにEMMA&ALICEのバージョンアップにより、細菌を定量的に検出できるようになったため、各細菌の量が数値で示されるようになりました。子宮内の細菌は腟に比べると一千~一万分の1と微量で、量にも個人差があります。菌の存在量が全体の10%といっても母数により絶対量は違ってしまいますが、数値化されれば量も含めて把握することができます。
また、細菌をこれまでの「属」から、より細かな分類である「種」で把握できるようにもなりました。ラクトバチルスにもさまざまな「種」が存在します。これまでは「属」という大きな分類単位で評価されることが一般的でしたが、今後は種ごとの「量」まで把握できるようになりました。子宮内膜に特化した細菌を種別に評価できることは、より個別化された治療提案につながると考えています。「属」や「種」と聞いてもイメージしにくいかもしれませんが、身近な例で言えば、果物が「属」にあたり、りんごやバナナといった具体的な種類が「種」に該当します。従来の「果物を取り入れましょう」といった大まかな提案ではなく、「りんごは足りていますが、バナナを増やしましょう」といった、より具体的なアドバイスが可能になるのです。
また、「量」を評価できないまま割合(%)のみで判断した場合、たとえばラクトバチルスが全体の90%だとしても、それが1万のうちの90%(=9000)と、100のうちの90%(=90)では、絶対数に大きな違いがあります。前者であれば十分な環境といえますが、後者ではプロバイオティクスなどによる補充を検討すべきかもしれません。一方で、病原菌が50%と判定された場合でも、細菌全体の数が少ない環境では、その50%は、細菌数が多い環境における5%未満に相当することも考えられす。
このように「量」の情報が加わることで、抗菌薬の適切な使用判断がより的確に行えるようになりました。「種」と「量」の両面から細菌叢を評価し、治療方針を立てることは、検出された細菌に対するターゲット治療を可能にし、患者さんにとって大きなメリットとなるでしょう。

膣培養検査で正常なら子宮内環境も安心?

岩見先生●「腟培養検査で代用できませんか?」とおっしゃる患者さんもいます。腟培養検査はセルフ検査キットも発売されていて手軽さがありますね。腟と子宮内の細菌叢の相関関係ですが、当院では複数の患者さんに腟培養検査とEMMA&ALICEを同日に行って調べました。すると、子宮の中で悪玉菌や病原菌が見つかった患者さんのうち、実際に細菌性腟症の状態だった方は、わずか5%でした。また、抗菌薬による治療が必要と判断された患者さんの約70%は、腟内にはラクトバチルス(善玉菌)が多く、良い状態でした。このことから、腟の検査だけでは子宮の中の細菌バランスの乱れまでは分からないケースが多い、といえます。こうした結果は、他の研究でも報告されています。
EMMA&ALICEはグローバルに治療に役立てられている検査で、世界中から集まる症例を基に常にアップデートされています。着床しない、妊娠が継続できない患者さんは、その背景因子として子宮内細菌叢に目を向け、検査を受けてみることをおすすめします。無駄のない、体に負担の少ない適切な治療が受けられれば、心の負担も軽くなるのではないでしょうか。

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