【医師監修】渡辺 浩彦 先生 滋賀医科大学卒業後、京都大学医学部附属病院産婦人 科、大津赤十字病院、済生会茨木病院などを経て、 1971年から不妊治療を行っている父の病院を継承。不 妊治療から分娩まで手掛け、365日24時間の診療体 制をとる。O型・おとめ座。不妊治療を経て妊娠した多 くの患者さんの、出産までの経過をデータとして蓄積し、 治療に役立てている先生。自分の目で確かめて物事の 本質を見極めようという姿勢が表れている。
だいきちさん(42歳)からの投稿 Q.過去に8度の体外受精をしました。一度だけホルモン補充周期で妊娠しま したが、心拍確認できず初期流産に終わりました。その後、着床障害の検 査を受けて、抗リン脂質抗体が0.3以下が正常値のところ、1.275とかな り高値なのがわかりました。移植してから毎日2回、ヘパリン注射を出産 まで続けないといけないとのこと。抗リン脂質抗体を持っていても妊娠は 可能なのでしょうか。 ※ アスピリンの服用とヘパリン注射をしないと妊娠はで きない数値でしょうか。もう年齢的な余裕はなく、不妊と不育に詳しい先 生に教えていただきたいです。
不育症のスクリーニング
抗リン脂質抗体の検査結果が思わしくなく、不育症かもしれないと悩んでいらっしゃいます。
渡辺先生 当院でも不育症スクリーニング検査を行っていますが、割と問題がある方が多いです。
2回流産をくり返した反復流産の既往があれば調べることにしていますが、体外受精を行っている 40 歳以上の患者さんには、たとえ流産1回でも検査するケースがよくありますね。
不育症の治療
先生は不育症の治療について、どんな治療をいつからいつまでなど、何か基準をお持ちでしょうか。
渡辺先生 当院では「着床ごろ」から低用量アスピリンを処方するのが基本です。
体外受精で胚移植した時は、移植したその日から処方します。
妊娠反応が出てからはヘパリン注射を行いますが、抗体価がそれほど高くなかったり、あるいは不育症の検査が1項目しかひっかからなかった方にはアスピリンの処方だけのことが多いですね。
検査項目が2つ以上陽性だった方、抗体価が高い方、流産歴の多い方には、念には念を入れてヘパリンも注射します。
だいきちさんの場合は、 40 歳以上という年齢もありますので、両方の投与がいいと思います。
ヘパリン投与
先生はいろいろな患者さんのケースをみてきて、この結論にたどり着いたのですか?
渡辺先生 そうですね。
妊娠反応が出てから慌てて治療を始めても遅い。
やはり「着床ごろ」から始めるべきだと思います。
ただ、抗体が陽性でも、実は妊娠を継続している方が多いんです。
これは当院の昨年度のデータですが(図1)、抗リン脂質抗体が陽性で、かつヘパリンを投与した患者さんが全部で 39 人いらっしゃいます。
そのうち 30 人は妊娠を継続。
流産した患者さんのなかには、高齢であるがゆえにもともと受精卵に異常があった方も多いと思われますので、ほとんどの方はヘパリン注射によって流産せずに妊娠を継続されたことになります。
またヘパリン注射を「1日2回」と言われたそうですが、私は1日1回で十分だと思います。
妊娠後期になると、へその緒の血管抵抗を測ることができるようになるので、それで胎盤の機能を間接的に評価することができます。
血管抵抗が高いと胎盤の血流が悪いということでヘパリンの量を増やすのですが、ほとんど1日1回で対応できますし、私はヘパリン注射は多くの場合は 16 週前後でやめて問題ないと思っています。
抗リン脂質抗体の検査結果が陽性だからというだけで、それほど悲観的に考えることはないと思いますよ。
※抗リン脂質抗体:自分の体を構成している細胞成分に対し免疫反応を起こし作られる抗体を自己抗体といい、抗リン脂質抗体はその一つ。動静脈で血栓が形成されやすくなり脳梗塞や静脈血栓症を起こす、胎盤 の血流が悪くなり流産を起こしやすくなる。血液検査で抗体の有無を調べる。
※ヘパリン、アスピリン:血管内で血液が固まるのを予防する薬。抗リン脂質抗体症候群における習慣流産(不育症)に対しても用 いられる。